永遠は漂う

1/6

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
月が眩しいと感じるほどの夜に、その少女は海を背に立っていた。 さらさらと風になびく白い髪に、白いワンピース。白い素足。 全身真っ白な彼女は、月明かりを浴びてほんのりと輝いているようにも見えた。 彼女の足に波が打ち寄せては引いていく。 神秘的な気配をまとう少女。 この世のものではないような。けれど、恐怖は感じなかった。 むしろ感じたのは、興味。 夜中の十時に浜辺に立つ少女に対する好奇心。 だから俺はその少女に近づいて、声をかける。 内気な俺なりに、精一杯の勇気を振り絞って。 「何してるの?」 「陸を、見ているの」 こちらを見ずに、澄んだ声で歌うように少女は言った。 ふつうは海を見るんじゃないのか。 俺は首をかしげる。 彼女と同じように海を背にしてみるが、民家の明かりがぽつぽつと見えるだけだ。 次いで少女を見る。 彼女は俺と同じ、高校生くらいに見えた。 透き通るような白い肌に、珊瑚のような赤い瞳。 今日は夜になっても蒸し暑い日だが、彼女の周りの風はどこか涼やかに感じる。 思わず見とれていると、彼女は目だけで俺を見て首を傾げた。 「なに?」と問うように。 俺は慌てて、とりあえず名乗ってみる。 「俺は浅岡陽人(はると)。君は?」 「海野、月。そう呼ばれている」 「呼ばれている?」 「うん」 「ふうん」 へんなの、と思ったが、口にはしない。 月さんのことを知りたいと思ったが、うまい質問が浮かばない。 家は、学校はどこ?歳は?星座は?今日も暑いね?まるでナンパだ。 奥手で、女子とあまり話してこなかったツケがここにきて回ってきた。 親友のシュウなら、もっとうまく話せているだろう。 酸欠の魚のように口を開閉していると、月さんのほうから話しかけてきた。 「あなたは、何をしていたの?」 俺は一瞬間をおいて、「息抜き」と答えた。 月さんが「そう」と言って言葉を続けようとしたとき、俺のスマホが鳴る。 母さんからだ。 電話に出ると、「また海にいるの?早く帰ってきて、勉強を――」と聞こえてきたから、「すぐに戻るよ」とだけ言って電話を切った。俺は肩をすくめる。 「帰らないと」 「残念」 そういって目を伏せる月さんが無性にいじらしく思えて、気が付けば「また、会える?」と口にしていた。 月さんは目を上げた。 赤い瞳。 「私はしばらくここにいる。夜の間だけ」 「それじゃあ、明日また来る」 それを聞いて、月さんは微かに笑ったように見えた。 「じゃあ」と手を挙げると、月さんも小さく手を振った。 家に帰る途中振り返ってみると、相変わらず海を背に立つ月さんの姿がほんのりと輝いていた。 家に帰ると、父さんと母さんはいつものようにリビングでテレビを見ていた。 二人の戦士の、つかの間の休息時間。 女戦士のほうが俺の姿を認めると、口を開いた。 「ハルくん、海に行くのもいいけれど、来年は受験生なんだからちゃんと勉強しないと。夏休みだからって怠けないで」 「はいはい」 「来年は受験生」が最近の口癖になっている母さんの言葉を適当に受け流し、麦茶とポテチをもって自室に行く。 数学の参考書を広げるが、浜辺で会った不思議な女の子のことが気になって集中できない。 あの子は、今までこの辺では見たことがない。 引っ越してきた?顔の広いシュウなら、なにか知っているかもしれない。そう思って、シュウにメッセージを送る。 『髪が白くて長い女の子、知っているか?』 ポテチを箸でつまみながら証明問題を三問解いたところで、返信が来た。 『そんなアニメみたいに目立つ子なら噂になっているだろうけど、俺は聞いたことないな』 『二学期からの転校生とか?』 『かもな。で、美人か?紹介してくれよ』 『彼女いるだろ』 『じゃあ今度の夏祭り、連れてきてくれよ』 『善処する』 シュウからグッと親指を上げたうさぎのスタンプが送られてきたところで、スマホを置いた。 シュウも知らないという彼女はいったい何者だろう。 旅行者?観光するところなんて何もないこんな場所に? やっぱり引っ越して来たのかもしれない。 部屋の外から「明日はゴミの日だから、ゴミまとめといてよ」と母さんの声が聞こえ、上の空で返事を返す。 食べ終えたポテチの袋をくしゃりとゴミ箱に捨てる。俺は不思議な少女にますます惹かれていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加