わからないこと

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わからないこと

『人生いくつになってもわからないこと、知らないことは幾らでもある』 数年前に亡くなった祖父の言葉を思い出しながら、剣 武公(つるぎ たけまさ)は食卓の上の黒いを眺めた。 これはおそらくだし巻き卵……になるはずだったものだ。 現状では炭だが。 彼はそこに手を伸ばし、抓んだ箸の先に感じる、卵とは思えないカサっとした感触に箸を引き戻した。 出された料理に文句をつけるほど小さい男にはならないように育てられた彼ではあったが、あからさまに食品とは思えない物を口に運ぶほどには愚かでない。 絶対食べられないだろうに何故これを食卓に並べたのか、これもわからないことの一つだ。 兎角この家はわからないことが多い。 武公が小学生の頃、両親の仕事を調べるという宿題を出されたことがあった。 訊ねると両親は公務員であると答えたが、夜毎に夫婦連れ立って普段着で向かう公務員の職場というものは彼が高校生になった今でもどうにも思いつかない。 まして年に数回は母が怪我をして帰ってくるという状況を考えると、よりいっそうだ。 彼らはいつも通り夜9時前に出掛け、翌朝5時を過ぎる頃に帰宅して、7時に布団に向かった。
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