守護神

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 なんで泣いているの、なんて訊けなかった。永遠子のすっきりとうつくしい両目には、陽奈子より苛烈な色が浮かんでいたから。うつくしい少女の燃える瞳は、私を夢遊病者のように完全に虜にした。  私たちは、黙って向かい合ったまま、数十秒間過ごした。私は永遠子に見とれ、永遠子は私を睨んでいた。  無言の間の後、永遠子は前に向き直り、そのまま歩き去って行こうとした。  私はどうしていいのか分からず混乱したまま、永遠子に手を伸ばした。  私の手は、永遠子の腕をかすった。真っ白い永遠子の腕は、ひどく冷たかった。その日は、もう夏に近い日差しが射していたというのに。  永遠子は、私の腕を振り払った。強く。  「新島さん、」  必死だった。幼い私の薄い胸の中で、恋心が鮮烈に叫んでいた。  「新島さん、」  名前を呼ぶしかできない私を、永遠子は静かに身体ごと振り返った。もう両目に涙の色はなく、ただくっきりと黒い双眸が私を映していた。  多分永遠子には、この時もう、私が永遠子を好きだと分かっていたのだと思う。永遠子は大人びていたし、私は幼すぎた。  「なあに、三倉さん。」  静かな声だった。中学一年の女の子の声とは思えないくらい、しんと深い雪みたいに。  呼ばれた私は、縋るように一歩、彼女に近づいた。  彼女はその場に立ったまま、じっと私を見ていた。細い風に、彼女の長い黒髪がひらひらと踊っていた。  「……うちに、寄って行って。」  声は、情けないくらい掠れた。あまりに唐突な台詞だと理解していたし、きっと断られると、そのことだって分かっていた。  永遠子は少しの間黙っていた。そして、ぎゅっと握りしめて震える私の両手を見た。身体に沿って垂らしたそれは、私の緊張と必死さをありありと示していた。  こんな、懇願するみたいな声を出したら、変に思われる。分かっていても、誤魔化す言葉さえ出てはこなかった。  「……うん。」  ぽつん、と永遠子が言った。低く落ち着いた声だった。  え、と、私は裏返った声を出した。  永遠子が、じわりと滲むように笑った。  「三倉さんのうちって、あの大きな木のところでしょう。」  「うん。」  「行ってみたかったわ。」  「うん。」  信じられないような気がして、うん、と、それ以上の言葉が出なかった。永遠子はそんな私を見て、赤い唇を笑わせていた。永遠子が私をどんなふうに見ていたのかは分からない。ただ、あの頃の永遠子は、私の恋心を玩ぶほどひどい性格をしていなかったとは、信じたい。  
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