守護神

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 永遠子はそれから毎日うちに来るようになった。学校ではお互い素知らぬ素振りで過ごし、私は沙代と一緒に家まで帰る。すると、家の裏にある大きな木の影に隠れるように永遠子が立っている。彼女のその立ち姿に、何度でも私は見惚れた。太く黒い木の幹に背中を預け、たたずむ華奢な白い少女。わずかな風に、長い髪がそよぐ。  じゃあ、明日ね、と沙代と別れると、私は大急ぎで家の裏に回り込み、永遠子に駆け寄った。永遠子はいつでも微笑んでいた。他に感情なんてないみたいな、絶対的な微笑。  家の裏からは、玄関を通らなくても、直接祖母の部屋に上がれる。縁側に上がり、硝子戸を開け、短い廊下を抜けるとその先が祖母の部屋だ。  私たちは、足音を立てないようにそっと祖母の部屋に入り、中から鍵をかけた。そして床に直接腰を下し、まずは宿題に取り掛かる。  そんなルーティーンを崩したのは、永遠子の方だった。  その日は、夏の色がすっかり空気から抜け、乾燥した秋の一日だった。永遠子はいつものように家の裏の木の下で私を待ち、縁側から家に上がり、祖母の部屋の床に腰を下した。  私は、宿題をしようと紺色のスクールバッグを開け、中からノートと国語の教科書を取り出した。そして、それらを畳の上に並べていると、いきなりその手の上に永遠子の手が重なった。  私は驚いて、その場にピン止めでもされたみたいに凍りついた。  私の日に焼けた、田舎の中学生らしく雑なつくりの手の上に、永遠子の真っ白くほっそりとした手がしっとりと乗って、私の動きを止めている。  「……新島さん?」  私は、おそるおそる永遠子の名前を呼んだ。  彼女が我に返り、私から手を離すのが怖かった。  すると永遠子は、ゆっくりと首を傾げた。ゆっくりと首を傾げ、そのまま私の顔を覗き込み、私にキスをした。  ほんの一秒間の仕草だった。それなのに、私はかっちりと時を奪われてしまったみたいに硬直した。  悔しいかな、その硬直は、今になっても溶けていないように感じる時が、しばしばある。それは、ごく当たり前の一日を過ごしているときに、ふと。そう、眉を引いているときや、買い物かごを手に取ったときや、電車のつり革につかまったときや、職場のパソコンに電源を入れたときや。そんなどうでもいいときに、私はいまだに永遠子に奪われた時を感じる。  中一の秋、私にキスをした永遠子は、静かに微笑んでいた。いつでも、私を虜にするうつくしい微笑だった。  「久子。」  唇を離し、けれどその綺麗な顔を私から遠ざけることはしないまま、永遠子が囁いた。      
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