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「ありがとう。では、これからはきみを守ってくれるよう、祈るとしようか。そしてこれを」
シルの手に、大きなヒスイの指輪が乗せられた。
「これは……?」
「母のものだよ。カシシーヴ家所有の宝石リストには載っていない。足がつかない金が欲しいときに、売るといい」
「そんなもの……! もらえるわけがない」
ヒスイはこの王国では貴重なもので、交易でしか手に入らない。白くミルクが混ざったようなグリーンは、王国の霧雨が続く気候に似合うとよく言われ、貴婦人なら一つは欲しいと願うほどの品である。
シルに手渡されたのは傷ひとつなく滑らかに磨き上げられた大粒のヒスイで、装飾の控えめな銀の台座に据えられている。リングは華奢な女性の指の細さだった。
リュイは2歳で母を亡くした。母の記憶はほとんどないという。しかし形見の品を大切にする様子を、シルは子どもの頃から見てきたのだ。生前の母の指を思い起こすような、それほどの形見を、自分に……。
「僕の気持ちはこれですべてだよ。僕は沈みかけたカシシーヴ家を立て直す。でも……きみを旅へ送り出したい。これは僕の夢でもあるんだ。僕の勝手だろうか?」
「リュイはやっぱり勝手だ」
「……ごめん」
「でも、僕がリュイの立場だったら、この3ヶ月でもっと取り返しのつかない状況を招いていた。リュイは立派だ」
「……父のような領主になる」
「うん。きみは偉大な領主になる。そして僕は旅に呼ばれている。リュイが思い出させてくれた」
「……シル」
「なに?」
「僕はこの屋敷を離れられない。きみは自由だ」
リュイの顔に滲んだ諦めと嫉妬に、シルは不意を突かれて動揺した。屋敷に縛られているのは自分ではない。リュイだ。
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