友情が閉ざされる瞬間

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友情が閉ざされる瞬間

 エスフィヴ様が馬車の事故でお亡くなりになった。その一報が屋敷に届いた瞬間、すべては忙しなく動き出した。葬儀の手配。招待客のリスト。早馬を飛ばす。どなたを優先に?  ネイズのいつになく厳しい叱責が飛び、シルも事態の重大さを痛感した。  ——くれぐれも失礼のないように。失礼があっては、カシシーヴ家の名に傷がつく。  貴族に仕える者として、最も優先すべきこと。  一歩間違えば大混乱に陥りそうな慌ただしさだった。ネイズ、そして本日よりカシシーヴ家の若き当主となったリュヤージュ様の手腕で、屋敷の機能はぎりぎりの瀬戸際で回っていた。  シルは夜、リュヤージュの執務室をノックした。今夜はお休みになれないのを承知で、ただ一言を伝えたかった。リュヤージュは疲労の滲んだ顔で、ドアを開けたシルに向き直った。 「リュイ、ただ一言」 「シル。愛称で呼ぶのはやめてくれ。今日から私には、当主として振る舞う責務がある。きみと親しく呼び合うわけにはいかないんだよ」  一息で言い終え、深く嘆息するリュイ——いや、リュヤージュ様——に、シルは胸を衝かれて言葉を飲み込んだ。当然の言いつけだった。いつか身分の差に直面することは分かっていた。それでいて、シルはリュイのことをいつまでもかわいい弟分だと思い込んでいた。 「用件はなんだ」  19歳にして重すぎる決断を背負い込み、リュヤージュはいらだちを隠す余裕もないようだった。  シルは言葉に詰まり、身体を固くした。勘違いしていた。場違いだった。自分のような人間が、一言でも話しかけていい存在ではないのだ、リュヤージュ様は……。 「なんだというんだ。……シル? それは」  リュヤージュの目が、シルの片手に包まれたペンダントを見つけた。  ランプの灯りがペンダントに届き、貴重な虹色の貝を用いた装飾がちらちらと瞬いた。シルがそれを差し出すと、反射光が天井に神秘的な模様を描いた。 「リュヤージュ様。この度は心よりお(よろこ)びを申し上げます。私から差し上げられるものはこれしかございません。リュヤージュ様とカシシーヴ家の永き繁栄を」 「しかし、シル、これはきみの」 「私から差し上げられる唯一の品でございます」  駆け足のような早口で暇乞いをし、ペンダントを押し付けて、シルは執務室を出た。
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