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執務室をノックする。黄昏の淡い光が暗闇に移ろう時間帯だった。まだランプに火は入っていない。若き当主は椅子に斜めに身体を預けて、ふっとシルを見上げた。
シルはリュヤージュの姿を痛々しく思った。リュヤージュは痩せた。アメジストのように光を湛えていた瞳も、今は疲労と焦燥に濁っていた。
「どうした、シル」
「リュヤージュ様。私を下手人として処刑してくださいませ」
言いながら、シルは口がカラカラに乾いていくのを感じた。どうにか言い切って、全身に力を込めて直立の姿勢を保った。
窓の外で、太陽は最後の弱々しい光を放って地平線に沈んだ。
「シル? きみがやったのか?」
憔悴を隠さず、リュヤージュは目を見開いて唇を震わせた。
「めっそうもございません。しかし、屋敷には疑心暗鬼の空気が満ちております」
「私は濡れ衣で人を殺さない!」
抑えた声ながら、リュヤージュは激昂をシルにぶつけた。シルは勢いに押されてふらりと一歩下がり、カラカラの口のわずかな唾液を飲み下した。
「リュヤージュ様が、私に細工をお命じになったとの噂がございます」
「……私が? 父を?」
今回、衝撃に眩んだのはリュヤージュだった。椅子の背に身体をどさりと預け、手で顔を覆った。
「僭越ながら、使用人たちは、ご想像よりもはるかに疑い合っております。このままではカシシーヴ家は内側から崩壊しかねません」
「……!」
内憂外患。リュヤージュは、シグリニーフ家と取り巻きの貴族たちしか眼中になかった。シルの言葉はリュヤージュにとって、あまりにも衝撃的で、残酷で、自らの力不足を痛感する進言だった。浅く乾いた息を漏らして、リュヤージュは両手を膝の上で強く握った。
シルは全身が震えて、何度も「もう立っていられない」と感じた。それでも執事の務めとして姿勢を保ち、主人への敬意を示した。
もう一押しだとシルには分かった。リュヤージュ様のお心は瀬戸際にある。
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