16人が本棚に入れています
本棚に追加
自分の命など構わない。どうせ最初から捨てられた命だ。リュヤージュ様を、敬愛する主人を、そして——密かに思うことが許されるのならば、大切な友人を——救うために捨てても構わない命だ。
「私を処刑なさいませ。リュヤージュ様」
リュヤージュの目に、ぎらりと光が宿った。極度に渇いた人間は、いけないと理解しながら海水を口にしてしまう。リュヤージュの目の奥に燻る火は、その類の渇望を宿していた。
「シル、それでも私は……。言葉を違えるようだが、どうか今は、『リュイ』と呼んでくれ」
「……!」
シルは感情を大きく揺さぶられて、深く深く息を吸い込まねば倒れてしまいそうだった。まだ、友人として呼ぶことを許されるのならば……。
主人と使用人。弟と兄。黄昏を過ぎてなお、二人の青年の関係は、グラデーションを描いて二人の間に揺らめいた。
「リュイ。僕を処刑するんだ」
「……シル。きみをもう一度『友』と」
「細工をした者が見つかれば」
「シル!」
言葉を遮ったシルにリュヤージュは抗議の声を上げたが、シルは構わずに続けた。もう心残りはなかった。友のために、身を捧げることができる。
「見つかれば、使用人はお互いを疑う必要がなくなる」
「……ああ」
アメジストと讃えられたリュヤージュの瞳は、日没を過ぎた暗い部屋の中で、魔性の宝石のようにぎらぎらと光を放った。
「下手人が処刑されれば、屋敷の人々はきっと平穏を取り戻す」
「……」
「使用人として、リュイとカシシーヴ家を守りたい。それが大切な友のためならば、なおさらに」
「『大切な友』と言ってくれるならば、余計にそんなことはできないと分かるだろう?」
「友だからこそだよ。僕に貴族の方々とのお付き合いは分からない。ただ、屋敷の中の不穏は身に沁みて分かる」
リュヤージュは、また自分の見過ごしを悔やんで両手を握りしめ、唇を噛んだ。
「僕にできるのは、屋敷の安寧を取り戻すことだ。このお屋敷が僕の世界のすべてだから。命と引き換えにこの世界を守らせてほしい」
シルが「世界のすべて」と言った瞬間、リュヤージュの瞳に涙の膜が張った。
「ああ。ありがとう、シル。少し考えさせておくれ」
かさかさに乾いて掠れた声で、リュヤージュは呟くように言った。あまりにも細い声だったから、シルは危うく聞き逃すところだった。
最初のコメントを投稿しよう!