塀の外に吹き荒れる風

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塀の外に吹き荒れる風

 執務室を退出したシルは、壁に手をついてずるずるとへたり込んだ。心臓がばくばくと打つ。  この心臓が止まるかもしれない。もう戻れない。  死にたくない、まだ生きたい、と主張して心臓は暴れる。そうではない、人間には命を捨てるべきときがある、とシルは自分の身体を叱りつけた。手足が全部バラバラになったように立ち上がれなかった。  取り返しのつかないことを言った。引き返すことはできない。あとはリュイ、いや、リュヤージュ様のお考え次第。自分の命の行く末は今、リュヤージュ様の手の内にある。シルは長い間、よく磨かれた床を見つめて呆然としていた。  曇りの日が続いた。シルは窓の外、丹念に刈り込まれた庭を歩くリュヤージュを見た。俯いて、後ろで腕を組んで、一歩一歩踏みしめるように歩いている。  広い庭園の周囲を、高い塀が巡っている。そこに正門がある。植物の意匠とカシシーヴ家の紋章で飾られたものだ。外には警備の衛士が立っている。そこに自分は置き去りにされたのだという。その外は森に囲まれている。森を越えた土地がぼんやりと見える。  この塀の内側で人生を過ごした。次に敷地を出るのは、処刑場へ連行されるときだろうか。  そう考えると心臓がヒュッと冷えて、シルは外を眺めるのをやめた。  すごくすごく昔、あの塀の外に出たいと思っていた気がする。時間が記憶にも熱意にも(かすみ)をかけてしまった。シルはあと少しで浮上しそうなその記憶をもう一度、丹念に封じ込め、次の仕事に意識を移した。
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