友情が閉ざされる瞬間

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 「お慶び」など言いたくなかった。リュヤージュ様にとっては父が死んだ日であり、「カシシーヴ家当主」としての責任すべてを背負わなければならなくなった日なのだ。  相手が「リュイ」ならよかった。慰めの言葉もかけられたし、手を握って励ますこともできた。シルはそのつもりでノックをしたのだった。だが「リュヤージュ様」は、一介の執事であるシルとの間に越えられない線を引いた。  シルの心の中に大嵐が吹き荒れた。数ヶ月しか歳の離れていない、かわいい弟分。身分の差は理解していた。リュイと親しい自分に向けられる陰口も承知していた。それでもリュイが自分を慕ってくれることが支えだった。リュイが気にしないと言ってくれるから、身分が違っても「友達」だと思えたのに。  自分は取るに足らない男だから、大切な友人に慰めの言葉もかけられない。顔が燃えるように熱くなる。恥ずかしさに細かく唇が震え、顔を覆ってできるだけ遠くに走り去りたかった。  リュイは優しく聡明で、自慢の友人だった。そしてもう、自分が声をかけられる存在ではない。シルの心の大嵐は(ひょう)の交ざった吹雪となり、ズキズキと痛みを伴ってシルを責めた。  使用人に与えられた自室に戻る。簡素な部屋にシル個人の持ち物は少ない。あのペンダントだけが、贈り物にふさわしい品だった。  「お慶び」として渡すつもりはなかった。「お守り」と言いたかった。大切な弟が、これからの運命を切り拓いてゆけますように。でも自分は使用人なのだから、「お慶び」を述べることしか許されない。  泥のような疲労を感じてベッドに潜り込んだ。泣きわめく力もなかった。枕に数滴の涙が染み込んだ。リュイは今夜、一人で泣くのだろうか。そう思ったら、また数滴がこぼれた。そしてシルは引き込まれるように眠りに落ちた。
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