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若草の上で「旅」を語ろう
「ねえ、僕たちの隠れ家はどこだっただろう」
リュイが悪戯っぽい目を向けた。リュイの方が背が低い。異国の血がそうさせるのか、シルは背の高い部類だった。少し上を向く形のリュイの顔は、穏やかな輝きに満たされていた。
「隠れ家は、たくさんあったね」
「忘れてしまうものだな。あんなに大切にしていたのに。あちらへ行こう」
リュイは小径を逸れて、まだ若いカエデの下に腰を下ろした。シルがチーフを地面に敷くよりも素早く。これはリュイの侍従に叱られるな、とシルは苦笑しながら自分も座った。
「きみにだけはっきりと言おう。カシシーヴ家は、沈みゆく船だ」
「……くれぐれも僕だけにしてくれよ」
「僕はこの泥舟から、きみを逃がしたい」
リュイはシルの目をまっすぐに覗き込んだ。シルは狼狽えて、顔を逸らしてリュイの視線から逃げた。
「僕……私は、生涯をかけてカシシーヴ家を」
「そういうのはなしにしてくれないか。僕はきみの友として、きみを屋敷の外に送り出したい」
「僕を屋敷の外に放り出して、どうなるっていうんだ!」
シルは自分の出した大声にひるんで、ますます身を固くした。
「きみには旅という目的があるじゃないか」
そう言われて初めて、遠い日に憧れた「旅」がシルの脳裏に蘇った。旅への希望をリュイに語ったあの日の新緑の輝きと、雨上がりの下草の香り。
「旅? あれは……子どものたわごとじゃないか。僕はそんな人間じゃない。悟ったんだ。つまらない男だよ。いつも誰かに笑い物にされてる。だからこんな命、捨てたっていいんだ」
シルの荒々しい自己否定を、リュイは寂しい顔で聞いた。シルの心中を知りたいと思ったから遮らなかった。「処刑してくださいませ」という重い言葉の裏に、リュイの知らない、シルの濁った過去がある。
「シル。すまない。ごめん。僕はきみが、そんな風に思っているなんて……」
「『そんな風に』って、なに。これが僕の人生だ。リュイとは違う。リュイとは違うから、もうこれからは身分の差を……」
リュイがシルの右手を取ったから、シルのいら立ちは尻すぼみになった。
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