夜の森を抜けて

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 ある朝、屋敷の門のそばに赤ん坊の入ったかごが置かれていた。  屋敷の人々は騒然とした。門の外は森だ。人の手が入った森とはいえ、狼や熊が目撃されることもある。夜の森を抜けて、屋敷まで赤ん坊を置きにきたのか? 門を守る衛士に気づかれることもなく?  魔女の子だろうと言う者がいた。エスフィヴ伯爵の落とし胤だろうと疑う者は多かった。当時エスフィヴの妻は第一子を妊娠中だった。  置き去りにされた赤ん坊は、幼いながらに異国の血を感じさせる顔立ちだった。そして書き置きとペンダントが残されていた。筆跡は高貴な身分を思わせた。  ペンダントは鶏の卵ほどもある黒い貴石だった。希少なもので、この大きさとなると産地は限られている。この王国では産出しえない大きさだった。  さらにそこには華麗な装飾が施されていた。真珠貝の内側の七色に輝く層を丹念に埋め込んで、薔薇を描き出したものだった。南の国のギルドに秘伝の装飾だ。非常に贅沢な持ち物と共に、赤ん坊は屋敷に委ねられた。  誰もが厄介ごとを予感した。当時の執事長は、伯爵に棘のある耳打ちをした。けれど、博愛心の深い伯爵は赤ん坊を自らの腕に抱いた。そして、子どものない使用人夫婦に育てさせた。  書き置きには赤ん坊の名前も記されていた。異国の響きの名前だった。伯爵はその一部を取り「シル」と呼び、育てるようにと言いつけた。この領地に生まれたすべての子どもたちと分け隔てなく、健やかに育てるようにと。そのときからエスフィヴ伯爵はシルの偉大な庇護者であった。  ただ、ペンダントと書き置きはエスフィヴ伯爵が手元に置いた。両親は疑問に思わなかった。
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