夜の森を抜けて

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 シルが伯爵の落とし胤だと言う者はいなくなった。シルの容姿はエスフィヴ伯爵とは似ても似つかないものだから。伯爵は華やかなブロンドの髪と、澄んだ湖のような深いブルーの瞳を持っていた。  その点、リュヤージュは伯爵によく似ていた。くるくると巻いた金色の髪が安らかな寝顔を引き立てた。誰もが目を細めて次期当主を慈しんだ。リュヤージュが目をはっきり開くようになると、そのアメジストのような虹彩は人々を感嘆させた。  伯爵はシルを「ラッキーボーイ」と呼んだ。もうすぐ生まれる我が子に、遊び相手を用意してやりたいと思っていた。そこにシルが現れたのだ。伯爵にとって予想外のラッキーだった。信頼できる使用人に育てさせた子どもなら、生まれてくる我が子を安心して遊ばせられる。  真面目で勤勉な使用人に「信頼できる」以上の褒め言葉はなかった。両親は大層誇らしく思って、何度もシルにこのありがたいお言葉を聞かせたものだ。 「一度は『魔女の子』と言われたお前を、リュヤージュ様の遊び相手に、と言ってくださるのだよ。こんなにかわいいお前が魔女の子なわけがないからなぁ。エスフィヴ様のご慧眼に感謝して、しっかりとリュヤージュ様をお守りするのだよ」  幼いシルは、この話を何度聞かされてもくすぐったく気恥ずかしく、身体が震えるほど嬉しくなった。両親だけでなく伯爵様にも認められて、子ども心にも責任感がむくむくと湧いてくる。シルから「『伯爵様のお言葉』を聞かせて」とねだることもあったくらいだ。  今朝の夢を思い出しているうちに、シルは幼い日々の思い出に浸っていく。
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