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旅を忘れた旅鳥は
シルにとってリュヤージュは、物心つく前から遊んで育った兄弟のような存在だった。兄弟と言っても、リュヤージュは伯爵家の嫡男で、シルは使用人の息子。シルがリュヤージュを泣かせるとひどく叱られたものだし、幼いながらに二人とも身分の差というものの片鱗は理解していた。
「ぼくがお兄ちゃんなんだから」
数ヶ月しか歳が変わらないのに、シルはよくそうやってリュヤージュの先に立とうとした。
お兄ちゃんなんだから、探検を先導するのはぼく。お兄ちゃんなんだから、大きい蜘蛛に立ち向かうのもぼく。
幼い頃のシルは活発で、「ぼくはリュイのかっこいいお兄ちゃんになるんだ」という意気込みに溢れていた。「リュヤージュ様をお守りする」ことと「リュイのかっこいいお兄ちゃんになる」ことは、シルの中で結びついていたから。
エスフィヴ伯爵は目を細めて二人を見守った。貴族として、嫡男リュヤージュの引っ込み思案な性格が不安の種だった。だが、元気のいいシルと遊んでいれば性格も変わるだろうと期待したのだ。ほら。今日も息子は新しいイタズラを覚えて帰ってくる。
伯爵にとって、シルが嫡男リュヤージュの「お兄ちゃん」を自称することに問題はなかった。リュヤージュは未来の当主として教育を受け、その間シルは執事見習いとして礼儀作法から叩き込まれる。はっきり立場は区別されていた。
そう。エスフィヴ様は、このような柔軟なお考えをお持ちの方だった。昨日亡くしたばかりの偉大な庇護者を思い出し、シルは目頭を押さえた。シルが一人前の執事として認められたとき、祝福の言葉に添えて、当時のお気持ちはこうであったと聞かされたのだ。エスフィヴ様のお茶目なウィンクが脳裏に蘇る。
そのとき「大きくなったね」と手渡された書き置きとペンダント。自分にはもったいないからと、リュヤージュ様に押し付けるようにお渡ししてしまった。
もう夢などない自分には、あの華麗な宝飾品は重すぎた。少年の頃の夢が頭をよぎり、シルは唇を噛む。
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