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執事長・ネイズの苦渋
背後の扉が開いて、ろうそくの火が揺れる。「シル」と老いた男に声をかけられ、青年はぴくりと肩を震わせた。それでも執事として、磨いていたシルバーのカトラリーを取り落としはしない。
ろうそくを灯していたことを咎められるだろうか。節制と倹約が顔の皺に刻み込まれた執事長に向き直る。
「なんでしょうか、執事長」
「……シル。案じる気持ちは分かるが、旦那様は本気で復讐を望んでおられるわけではない」
「しかし、あのような宣言を……!!」
「あれは、この家を守るためのお考えなのだよ」
シルは誇り高き執事長・ネイズの顔のうちに苦渋を見た。
「シル。君ではないだろうね」
「……!!」
黒い髪の青年は、髪と同じく黒い虹彩の瞳を驚愕に見開いた。
——お屋敷に、どこの生まれとも分からない子どもを入れるなんて……。
かつて盗み聞いた陰口が、シルの彫りの深い顔を曇らせる。
「ああ。シル。私が悪かった。疑っているわけではない」
「……はい。もちろん私ではございません。旦那様……エスフィヴ様からこれほどのご恩を受けておきながら、そのような恐ろしい企みなど……」
「分かっている。すまなかったね。心を落ち着けて、身体を休めなさい」
ネイズはテーブルに立ててあったろうそくを消し、同時に彼自身の感情も老練な無表情の奥へと隠してしまった。
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