18人が本棚に入れています
本棚に追加
町に入ると火は強まっていく。山の上から見た時より強くなっているな、と三郎は感じる。冬だから空気も乾燥していて、より被害が拡大しやすいのだろう。
「瑠璃……危ないぞ」
少し落ち着いた声色で、背後から瑠璃に言う。少年の足がぴたりと止まる。
「べつにあぶなくないぞ。おれはかみさまだからな」
「またそれか? 人間なんだから、早く戻った方がいいぞ。火消しに任せて逃げた方が……」
瑠璃はむぅ、と頬をふくらませると町の中心部へ駆けていってしまった。より燃えている方へ走っていく。
「待て!」
瑠璃を追いかける。追いつくには足が遅いが、こうなったら無理矢理にでも避難させないといけない。
何が神様だ。何が神器だ。そんなものはない。この町は何度も焼け落ちている。火元が誰だか知らないが、今回も周囲の建物を取り壊して火を消すしかない。
めらめらと燃えている、そう、中心部。火元のところまでやってきてしまった。
冬なのにとても暑くて、三郎は調理場のかまどの傍にいる暑さなんか目じゃないなと思った。それくらいものすごい温度だった。
「瑠璃!」
名前を呼ぶ。
「お、さぶろうか?」
呑気な声が聞こえた。声のする方へ進む。瑠璃がいた。仕込み刀を抜いていた。ばちりばちりと音がする。稲妻が彼の右腕を走っている。
「おい、それで何をする気だ? 早く避難しよう」
「まぁ、みていてくれ」
瑠璃はその鋒を天に向ける。
「出でよ、紺雨龍!」
瑠璃が叫ぶと、青い雷が瑠璃の刀から天に向かって逆に放たれた。そして雷撃と共に、その刀の先から何かが飛び出た。
「承知!」
老爺の声がした。紺色の龍がそこにいた。ものすごく大きい。ぐるぐると丸まって仕舞えば、町全体を優に包み込んでしまえるだろう。彼は瑠璃の周りを一周したかと思うと、飛び上がり、燃えている町の上空を飛び始めた。雨が降ってくる。太陽が出ているのに雨が降っているのはちぐはぐで混乱する。
「えぇ……」
驚きすぎて三郎は呆れた声しか出なかった。なんだよ、これ。知らないんだが。聞かされてないんだが。常識的に考えて、いや、常識が通じない。雨にずぶ濡れになりながら、三郎は思考停止した。
「こんなものか? どうだ、瑠璃」
「……ぜんぜんだめだぞ」
瑠璃は残念そうに言う。
「なんだと? ……いや、本当だな。我輩、長い間黄泉に封印されていたから力が衰えているのか……」
龍ははぁ、とため息をつく。いや、龍がため息をつくなんてどういうことだ。何なんだ。
紺雨龍が雨をどっと振らせたのにもかかわらず、火災は収まる気配がない。
「仕方ないな。よし、瑠璃。神技を使うのだ」
「わかったぞ。神技・宵布!」
鋒を天に向けたまま、瑠璃がまた走っていく。紺雨龍もそれについていく。三郎も遅れてついていく。
走りながら三郎は気づいた。なんだか、暗い。背後が暗い気がする。振り返ると、宵色の分厚い布が空を覆いかけていた。そして、その大きな布は空からふわりと落ちて、家屋にぴっちりと貼り付く。じゅう、と音が聞こえた。この布は濡れている。その上から、紺雨龍が追加で雨をかけていく。
これは、天ぷら鍋の初期火災の対処と同じだ。濡らした布を鍋にかけるのだ。一度店で火が上がったことがあって、瑠璃と一緒に鎮火させたんだっけ。
布が町を全て覆ったところで、瑠璃の足が止まる。
「ふふん。どうだ、さぶろう」
得意そうに笑う。少年の右腕には青い稲妻が絡みついている。
「……すごいな」
三郎は素直に感心する。火事についてやけに瑠璃が食いついてきていたのは、火事を消し止めることができる能力を持っていたからだったのか。
最初のコメントを投稿しよう!