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春がやってきた。三郎と瑠璃が出会ってから、ちょうど一年が経った。
あの冬の火災は瑠璃と三郎の功績となり、町の人たちは二人を尊敬の眼差しで見るようになった。瑠璃は嬉しそうだが、三郎はそうでもないらしい。何もない平穏な日常が彼にとっては最大の幸福なのだ。
瑠璃は火事が起こると紺雨龍と共に出動する。火消しの特殊部隊に配属されているのだ。火事を収めることが、瑠璃にとっては喜ばしいことだった。これ以上、自分みたいに火事で亡くなる人を出さないために。
長屋でのいつもの夜。行灯の光が二人を穏やかに照らしている。瑠璃は新しい着物を持っている。
「やっと……やっとだ……!」
「よかったな、瑠璃。欲しかったものが買えて」
「ほんとうだな。このこんいろのきものをずっときたかったんだ!」
買ったばかりの、畳まれた紺色の着物に頬擦りする瑠璃。すごく幸せそうだ。一緒に古着屋に行って購入したが、結構高かったな、と三郎は思う。紺色に染めるのは手間暇がかかるのだ。だから高価になってしまう。瑠璃の貯金はすっからかんである。もうすっかり慣れた手つきで着替えてみせ、「どうだ?」と三郎に尋ねる。
「似合ってるぞ」
「やったー! ありがとうな、さぶろう」
「で、それを着てまた店で働いてくれるのか?」
「いや、てらこやにいく」
「……え!? おま……本当か?」
あの勉強嫌いの瑠璃が、まさか寺子屋に行く決意をしているなんて。三郎は信じられなかった。
しかし瑠璃は真面目に語る。
「かこをおもいだして……ちちうえにかんじとたんか、しこみがたなについておしえてもらうよていだったんだ。だから、それらをならいたい」
「お、おぉ……」
それだったら、寺子屋が最適だろう。歴史も学べるし、瑠璃にとっては良い機会になるに違いない。
「寺子屋の見学、ついていってやろうか?」
「ほんとうか、さぶろう! ぜひついてきてほしい!」
「こんなおっさんでもいいのか、不安だけどな……」
「ちちうえににているからあんしんだ! ぜんぜんせいかくちがうけど! あはは!」
瑠璃は嬉しそうだ。彼の笑顔が見られるなら、三郎はどこまでも支えてあげようと思えるようになっていた。危なっかしいからだ。見ていないと不安なのだ。
「お前なんかに小僧の引率が務まるのか?」
「俺は瑠璃よりかは町を知っている。もちろん紺雨龍、お前以上にもな」
「わかったわかった、すまなかった」
仕込み刀から声がした。
「そうだぞ、こんさめりゅう。さぶろうをみくびってもらってはこまるぞ」
「はは……」
夜空に桜が舞う。二人と一匹の一日が、今日も終わりを迎えようとしていた。
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