36人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
エピローグ
「まったく、おまえってやつは」
ぐったりした瑠璃に向かって、駆けつけてきたポチ1号、県警の韮崎警部補が吐き捨てた。
「とんでもないビッチだな! 何をやらかすか、わかったもんじゃない!」
「いいでしょ。自分のおかげで事件、解決できたんだから」
店の隅のソファにもたれ、眠そうに瑠璃が言い返した。
「情報漏洩も、事件解決のためには必要ってことだよ。ポチだって、そう思うっしょ」
「ば、馬鹿、大きい声出すな。それに、ポチ呼ばわりはやめてくれ」
マスターは逮捕され、健斗と真帆は警察によって、無事、帰るべき場所へと送られた。
そして、私と瑠璃は、近所の救急病院に運ばれた。
でも、飲まされたのは睡眠薬で、薬を処方されると小一時間ほどで回復した。
今度こそ命の危険を感じた私だったが、とりあえずこうして事件は幕を閉じたのだ。
その後、別室で刑事たちにねちねちと事情を聞かれ、家に帰ったのは、夜の8時過ぎだった。
「ごめーん、遅くなっちゃった」
玄関口でわざと明るい声を出したが、返事がない。
きょうは日曜日で、夫は在宅しているはずなのに、どうしたことだろう。
慎吾とゲームにでも熱中しているのか。
そう思いながら居間をのぞいてみたけど、ふたりの姿はなかった。
「ねえ、ふたりとも、どうしたの?」
もしやと思って、寝室に足を踏み入れた私は、そこであっと息を呑んだ。
ベッドに白装束の慎吾が正座している。
サイドボードに、神棚のようなものが飾られていた。
その両脇に立つ、苦しげに口を開けた入れ子だるま。
そして、その中央に飾られているのは、緑色の髪の、瑠璃の写真…。
「まさか女とできてるなんてな」
壁にもたれ、腕組みをした慎一が言った。
「青山さんだったっけ? しかし、驚いたな。彼女の予言通り、おまえが不倫に走るだなんて…。こうなったらもう、あの女に聞いた呪いが効くかどうか、試してやろうと思ってさ」
予言?
青山佳代子が、私と瑠璃の仲を…?
それが、悪霊の力とでもいうのだろうか。
「やめて…」
全身の力が抜け、私はその場に座り込んだ。
ともあれ、露見してしまったことは、もう元へは戻せない。
苦い後悔の念が、胸の中で渦巻いた。
ここ1週間、傷ついた心を癒すために、この部屋で、私が瑠璃と何度も寝たこと…。
私が彼女を愛してしまったこと…。
それを、夫は知っている。
しかも、あろうことか、ダムに沈んだ今はなき馬頭村に伝わる、あの肉人形の呪いのことまで…。
ああ、そうだった。
あれが、きっかけだったのか。
ふとある匂いを嗅いだ気がして、私は一気に思い出した。
見慣れない鍋。
家じゅうに漂うシチューの匂い。
あれは、青山佳佳代子の家で嗅いだ、あの…。
三つ子の脳の一部でつくったシチューの匂いと、まったく同じものだったのだ…。
最初のコメントを投稿しよう!