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エピローグ
私が以前勤務していた小学校に、不思議な絵を描く少年がいた。
人物画を描かせると、せっかく仕上げた下書きを、決まってクレヨンで極彩色に塗りつぶしてしまうのである。
あれはゴールデンウィークの直前、クラスの生徒たちに課題で家族の絵を描かせた時のことだった。
母親は青、妹は赤、父親は黒で塗ってしまった彼に、私はそれとなくたずねてみた。
「ねえ、どうしてもっと他の色を使わないの? たとえば、お顔なんかは肌色のほうが似合うでしょ」
すると彼は、不思議そうに私を見上げて言ったものである。
「僕はただ、見えたままの色、塗ってるだけなんだけど」
青は悲しみ。
赤は怒り。
黒は…悪い心。
色は心臓のあたりから次第に広がり、やがてはその人物をオーラのように包みこむ。
たどたどしい口調で、少年はそう説明してくれた。
少年の父親が、母親を殺して自殺したのは、その3日後、ゴールデンウィーク期間の間のことだ。
黒い心を持つ父親が青い心の母親を、子どもたちの前で刺殺したのである。
私が10年ぶりに彼のことを思い出したのは、もちろん、あの事件が起こったからだった。
5歳の幼女3人を惨殺し、肉人形に変えて放置した怪物…。
それが今も捕まらずに同じ町内にのうのうと暮らしているかと思うと、戦慄を禁じ得なかったのだ。
彼がここにいてくれたなら、犯人を見分けられるのかも。
ふと、そんなことを考えたのである。
彼の名前は、榊健斗。
今はもう、16、17歳になっているはずだ。
あれから彼は、児童養護施設に引き取られ、私のクラスから姿を消した。
遠い青空に湧く真っ白な雲塊を眺めながら、テーブルに頬杖をついて私は思う。
健斗くん…。
君は今、どこにいるの?
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