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#2 人探し
榊健斗を探してみよう。
家に帰りつく頃には、私はそう決心を固めていた。
私の住居は、小学校から徒歩10分ほどのところにある中古マンションだ。
そこに、サラリーマンの夫、慎一と、息子の慎吾の3人で住んでいる。
「ただいま」
ドアを開けると、突き当りの居間のカーペットの上にじかに座って、テレビを見ている慎吾の姿が視界に飛び込んできた。
慎吾は小学2年生で、10年前の榊健斗と同じ年頃だ。
だが、決定的に違うのは、自閉症気味の慎吾はほとんど誰とも口をきかないということ。
だから慎吾は小学校でも特殊学級に入っているし、今も母親が帰ってきたというのに振り返りもしない。
もっとも、とはいえ、慎吾が私を嫌っているわけでないことぐらいは、長年のつき合いでよくわかっている。
何かに熱中すると、慎吾はそのことだけに没入して、周りが見えなくなってしまうらしいのである。
「おなかすいたでしょ」
買い置きの冷凍ピザをレンジでチンして、ミルクと一緒にテーブルの上に並べてやる。
慎吾の見ているのは、どうやらアニメの再放送のようだ。
慎吾にしてみれば、三つ子の事件で今週は学校が休校になり、ふだん見られない番組が見られてご満悦といったところなのだろう。
慣れないスーツから部屋着に着換えると、私は隣の寝室に引っ込み、押し入れの中から古い卒業アルバムを引っ張り出した。
5年前まで私が勤めていた小学校は、同じ県内ではあるけれど少し離れたS市にあり、夫の転勤を機に教職を退いてから、つながりはほとんどない。
5年経っているから、校長はかわっているかもしれない。
そう思いながら、アルバムから控えた電話番号をプッシュした。
若い女性が電話口に出たので、かつてそこに勤めていた者だが、校長先生とお話がしたいーそう用件を告げると、「ちょっとお待ちください」の返事と保留音の後、意外に歯切れのよい声が返ってきた。
「はい、校長の坂巻ですが」
よかった。
かわっていなかった。
はきはきしたそのしゃべり方は、私の知っている坂巻緑子校長のものである。
「あの、お久しぶりです。秋津です。以前お世話になった、秋津陽子です」
旧姓を名乗ると、
「秋津さんねえ…ああ、あの5年前に退職なさった、陽子ちゃん?」
打てば響くように、返事が戻ってきた。
私の記憶では、坂巻校長は、すでに60を超えているはずである。
が、声も頭もまだまだしっかりしているようで、それだけで私は嬉しくなった。
「うわあ、懐かしいわね。でも、どうしたの、急に?」
「10年前、私が教えてた生徒のことで、ちょっとお訊きしたいことがありまして…」
明日にでも、そちらにうかがいたいのですが…。
不躾な要求だったが、逆巻校長はあっけらかんとしていた。
「いいわよ。お昼休みなら。いい加減、ひとりでランチ食べに行くの、うんざりしてたところだったから」
そう言って、カラカラ笑った。
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