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#30
「やっぱり、そうだったんだ」
うめくように、健斗がつぶやいた。
「あの色は、微妙に違う2種類の黒が入り混じったものだったんだ」
「どう…いうこと?」
私は妙な痺れを体に感じていた。
急に眠気が襲ってきて、ろくに目を開けていられない。
「犯人は、ふたり居たってことだよ」
「だよね」
健斗に応える瑠璃の声も、なんだか眠そうだ。
犯人が、もうひとり…?
じゃあ、残りのひとりって、まさか…。
さっき離れたはずなのに、私たちはまた、抱き合うように身を寄せ合ってしまっていた。
「カウンターの後ろの写真、あれ、あの女の家にあったのと同じだもん」
私の頭の上に顎を乗せ、変にくぐもった声で瑠璃が言った。
写真?
そういえば…。
私は思い返していた。
いつかこの『アンジュ』で感じた違和感。
あれは、カウンターの後ろの壁にかけられた、2枚の写真に起因するものだったのだ。
「あなたたちのおかげで、佳代子が大変な目にあったそうで」
黒い影が、覆い被さるように立ちはだかった。
「あれは私の従妹でしてね。親族としては、とても許せることではない」
「葛西さん、あなたが…」
痺れて回らぬ舌で、懸命に私は言った。
「あなたがあの子たちを、レイプ…」
「恐怖心を極限まで高めるためです」
髭に覆われた口が動いた。
眼鏡の奥で、無表情な眼が冷たい光を放っている。
「生贄の脳に刻まれた恐怖心が強ければ強いほど、強力な悪霊を召喚できる」
「か、身体が…」
瑠璃ががくりと頭を落とした。
もう、間違いなかった。
私たちのオーダーしたコーヒーに、何か入っていたに違いない。
「何する気だ?」
マスターの手に光る刃物を見て、健斗が軋るような声を上げた。
「死んでもらうまでですよ。大人の身体で肉人形をつくるのは初めてですが、4人もいれば、さぞ立派なものができることでしょう」
肉人形…?
薄れゆく意識が、恐怖で一瞬明瞭になった。
冗談じゃない。
そんなの嫌だ。絶対に。
マスターが刃物を振り上げた。
と、だしぬけにテーブルが跳ね上がり、天板がマスターの顔面を直撃した。
「子どもだからって、舐めんじゃねーよ!」
すっくと立ちあがったのは、大柄な真帆である。
「ぶっそうなもの、振り回してんじゃねえ! おまえが死ねよ、このくそじじい!」
長い脚が空を切り、マスターの喉を正確に捉えたのは、真帆がそう啖呵を切った直後のことだった。
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