#30

1/1
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ

#30

「やっぱり、そうだったんだ」  うめくように、健斗がつぶやいた。 「あの色は、微妙に違う2種類の黒が入り混じったものだったんだ」 「どう…いうこと?」  私は妙な痺れを体に感じていた。  急に眠気が襲ってきて、ろくに目を開けていられない。 「犯人は、ふたり居たってことだよ」 「だよね」  健斗に応える瑠璃の声も、なんだか眠そうだ。  犯人が、もうひとり…?  じゃあ、残りのひとりって、まさか…。  さっき離れたはずなのに、私たちはまた、抱き合うように身を寄せ合ってしまっていた。 「カウンターの後ろの写真、あれ、あの女の家にあったのと同じだもん」  私の頭の上に顎を乗せ、変にくぐもった声で瑠璃が言った。  写真?  そういえば…。  私は思い返していた。  いつかこの『アンジュ』で感じた違和感。  あれは、カウンターの後ろの壁にかけられた、2枚の写真に起因するものだったのだ。 「あなたたちのおかげで、佳代子が大変な目にあったそうで」  黒い影が、覆い被さるように立ちはだかった。 「あれは私の従妹でしてね。親族としては、とても許せることではない」 「葛西さん、あなたが…」  痺れて回らぬ舌で、懸命に私は言った。 「あなたがあの子たちを、レイプ…」 「恐怖心を極限まで高めるためです」  髭に覆われた口が動いた。  眼鏡の奥で、無表情な眼が冷たい光を放っている。 「生贄の脳に刻まれた恐怖心が強ければ強いほど、強力な悪霊を召喚できる」 「か、身体が…」  瑠璃ががくりと頭を落とした。  もう、間違いなかった。  私たちのオーダーしたコーヒーに、何か入っていたに違いない。 「何する気だ?」  マスターの手に光る刃物を見て、健斗が軋るような声を上げた。 「死んでもらうまでですよ。大人の身体で肉人形をつくるのは初めてですが、4人もいれば、さぞ立派なものができることでしょう」  肉人形…?  薄れゆく意識が、恐怖で一瞬明瞭になった。  冗談じゃない。  そんなの嫌だ。絶対に。  マスターが刃物を振り上げた。  と、だしぬけにテーブルが跳ね上がり、天板がマスターの顔面を直撃した。 「子どもだからって、舐めんじゃねーよ!」  すっくと立ちあがったのは、大柄な真帆である。 「ぶっそうなもの、振り回してんじゃねえ! おまえが死ねよ、このくそじじい!」  長い脚が空を切り、マスターの喉を正確に捉えたのは、真帆がそう啖呵を切った直後のことだった。  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!