#6 翳りゆく街

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#6 翳りゆく街

翌日の夕刻。  パート帰りのバスの窓から、何気なく外を見た時だった。  信号待ちの交差点で、バスの横に赤いオープンカーが停まった。  運転席にはサングラスをかけた若い男。  半袖のTシャツから伸びたたくましい二の腕を、連れの女の肩に回している。  私の目を引いたのは、その女性の横顔だった。  サングラスとスカーフで半ば顔を隠しているが、なんとなく見覚えがあった。  木村さん?  まさかと思って目を凝らした時、信号が青に変わり、爆音を響かせてスポーツカーは走り去った。  木村会長とはきのう『アンジュ』で会ったばかりだ。  ちょっとしたセレブといった感じの、いわゆる美魔女の部類に入る女性である。  輸入雑貨の店を経営していて、そこそこ繁盛しているらしく、私たちの中では最も羽振りがいい。  ふいに湧き上がった不吉な予感を振り払うように、私はかぶりを振った。  ま、いいか。  今見たことは、忘れることにしよう。  ひとはひと。  たとえあの男性が木村会長の夫じゃないにしろ、それを私がとやかく言っても始まらない。  が、家に帰ると、もっと驚くべき事態が私を待ち受けていた。  玄関に見知らぬサンダル。  そして、居間のほうから聞こえる笑い声。 「慎吾?」  血相を変えて飛び込むと、ゲーム機のコントローラーを両手に握った緑色の髪の娘が振り向いた。  瑠璃である。  床に座り込んで、慎吾と肩を寄せ合い、テレビゲームに興じている。 「る、瑠璃さん…いったい、どうやって」  私はスーパーの袋を取り落とした。  私の留守の間は、慎吾には絶対に鍵を開けるなと言ってある。  なのに…。 「スマブラやりにきたよって言ったら、開けてくれた」  身体を揺すってボタンを連打しながら、瑠璃が言った。 「自分の予想、当たりましたね」 「予想?」 「息子さんのやってるゲームが何かって予想です」 「呆れた」  私はへなへなと床に座り込んだ。  慎吾にはもっと強く言い聞かせておく必要がありそうだ。  それにしても…。  ふたりの様子を眺めながら、ぼんやりと思った。  慎吾ったら、なんて楽しそうなんだろう…。 「やるな、ボク」  瑠璃が言うと、慎吾が声を立てて笑う。 「でも、ねーちゃんにはまだまだ勝てないぞ」 「あの」  しびれを切らして、私は声をかけた。 「きょうは、何を? まさか、もう榊君が見つかったなんて言わないわよね」 「半分当たりです」  画面に向かって身を乗り出したまま、瑠璃が答えた。 「きょうは、とりあえず調査の途中経過を報告に」 「え?」  私は目を剥いた。  早い。  まだあれから、半日しか経っていないのに。 「半分って、どういうこと?」 「妹のほうが見つかりました。榊真帆。榊健斗の3歳下の妹です」 
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