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#8 リリア、リリム、リリノ
以上は、後で私がネットで調べた『マトリョーシカ』なるものの概要だがー。
その時の私の目に映ったのは、いってみれば、肉でできたトーテムポールのような”もの”だった。
無機質な床の上に、血潮が飛び散っている。
その赤黒い血の海のなかにひっそりと置かれているのは、裸に剥かれた幼女の肉体である。
人形のように整った顔。
恐怖に見開かれたハシバミ色の瞳。
口は叫びの形のまま、凍りついてしまったかのようだ。
幼女には、両腕がなかった。
肩のつけ根で切り落とされているのだ。
だが、何よりも異様なのは、その下半身だった。
胸骨の下から陰部にかけて、腹が縦に切り裂かれていて、その腹のなかに、もうひとりの幼女の身体が胸のあたりまでめり込んでいるのである。
そして更に…。
その2番目の幼女の腹も同じように引き裂かれ、その中に3人目の幼女がやはり上半身をうずめているのだ。
「リリアの身体の中にリリムが、リリムの身体の中に、リリノが埋め込まれて…」
瑠璃の言う通りだった。
リリア、リリム、リリノというのは、殺された3人姉妹の名前である。
3人そろってキラキラネームなのは、母親がフィリピン人だからだと聞いたことがある。
死体を縦に3人つないだ不気味なオブジェの周囲には、幼児が玩具を散らかしたように、千切れた手足や内臓の一部が散乱している。
「どうして…」
私は、こみあげる苦い胃液を食道から胃へと押し戻しながら、かろうじてそうつぶやいた。
まさか、ここまでとは思わなかった。
アンジュのマスターから、被害者は手足を切断されていたとは聞いていた。
だから、漠然と”肉人形”のような姿を想像していたのだけど…まさか、こんな手の込んだ細工まで…。
「どうしてこんな…」
頬に熱いものが伝うのがわかった。
怒りとも悲しみともつかぬ、狂おしい思いが腹の底から衝き上げてきた。
「わけがわからない。どうしてこんなひどいことしなきゃならないの?」
「呪術的な感じがします」
わななく私の手からスマホを取り上げて、瑠璃が言った。
慎吾がこちらに興味を示していることに気づいたからだろう。
「呪術的って、あの、まじないとか呪いの、呪術のこと?」
「そうっす。犯人の狙いは、彼女らを殺すことより、この肉のマトリョーシカ人形をつくることだったんじゃないかって、そんな気がするので」
確かに、切断した後の手足の扱いはぞんざいだ。
まるでゴミのように死体の周りにばらまいてあった。
「それからもうひとつ。おかしなことが」
瑠璃が探るように私の眼をのぞきこんだ。
「おかしなこと?」
これ以上、まだ何かあるのか。
「この画像ではよくわからないけど、3人とも、脳の一部が持ち去られていたそうです」
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