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「体は動かずとも意識がはっきりしている場合、いっさい動けないという状況は非常に強い苦しみをもたらします。私がそうでした。年寄りとはいえ今までさんざん動き回っていましたから、起き上がることすらできないというのはたいそう辛く感じられたものです」
話の流れを察知し、陽稀は身構えた。鈴城は、自分だけが裕貴の蘇生治療に納得がいっていないことを知っているのだ。彼女を引き合わせたのは、説得が目的だろう。
そして陽稀の予想通りの言葉を、髙橋は口にした。
「そんなときに、鈴城先生から蘇生治療のご提案を受けたのです。ずっとこのまま意識だけがある状態が続くなら死んだほうがまし、と思っていた私にとって、それは天啓でした」
さいわいなことに髙橋は、意識と判断能力はしっかりあったのだという。そして半年間の末にかろうじてまぶただけは自力で動かせるまでに回復し、全身の力をふりしぼった数回の瞬きで意思を伝えた。もちろん家族は大喜びし、生前の彼女を慕っていた多くの人間も歓喜に湧いたそうだ。
「長い人生の間で、できる限り人脈は広げてありました。それが功を奏したのでしょう。手術費は高額でしたが、皆様のおかげで無事にお支払いすることができたのです」
穏やかに微笑みながら、髙橋が話を締めくくる。
髙橋の親族からしてみれば感動的な出来事だ。それが真実であればの話だが。
未だに猜疑心を募らせる陽稀に向かって、鈴城が何か言おうとした。だが寸前で髙橋がそれを遮る。
「陽稀さん、私を疑うお気持ちはよくわかります。私も初めて聞いたときは、信じられませんでしたから。ですが実際に蘇生治療を受けてみて、鈴城先生のおっしゃっていたことは全て真実であったとわかったのです」
共感するフリをして取り入るのは、騙す人間のやり方だ。宗教勧誘の入り口は悩み事を聞くところから始まる。しょせん彼女も嘘をついているだけでしかない。
ますます嘘くささに顔をしかめていく。陽稀の表情が曇っていくのを見た髙橋が、沈んだ面持ちになった。
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