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小さく息を吐いて、髙橋がつぶやく。
「・・・・・・信じていただけないというのは、悲しいことですね。もしも陽稀さんが90歳でしたら、若い頃の思い出話でもして差し上げようと思っていたのですが。お若い方には意味などありませんよね。それに今はインターネットとAIで何でも調べられる時代ですから」
若い頃の姿をかたどったクローンに移植していただきましたが、それが原因ですわね。もちろん、私のわがままを聞いて施術を行ってくださった鈴城先生を悪く言うつもりはありませんけれど。
髙橋の嘆きも、もう演技にしか感じられなかった。こんなもので信じてくださいという方がおかしい。結局、陽稀の鈴城に対する不信感はいっさい解消されないまま、そこで髙橋は帰っていったのだった。
そんなことを思い出して、陽稀はため息をついた。
鈴城が自分を説得しようとしているのは明白だ。つまり彼の計画には、裕貴の家族全員の了承が必要ということである。学生から貯金を搾り取るなんてがめついやつだ、と当時は思っていたが、今考え直すとそうでもない。金だけが目的と考えるよりも、別に狙いがあると考えた方が納得がいく。
陽稀は参考書を閉じ、考えをめぐらせた。
もしも、本当に鈴城の目的が裕貴を蘇生させることだったら?蘇生治療が成功したとき、彼にいったいなんの利益があるというのだろう。
髙橋は豊富な人脈があると言っていた。鈴城の指定する高額な費用を賄えたのがその人脈にあるのだとすれば、大物との繋がりを鈴城は狙っているのかもしれない。
では、裕貴の場合はどうだ。確かに両親は高給取りだが、特別どこかで名が知れているというわけでもない。知人に医療や政界の重鎮はいないし、両親を意のままに操れたところで、最終的に得られる成果などちっぽけなものだろう。
少なくとも、開発されたばかりの違法な技術を駆使してまで人を蘇らせるという、高度な犯罪の対価には釣り合わない。
窓の向こうで鳴き続ける蝉の声が、くぐもって聞こえてきた。静まり返った病室の中で、陽稀は再び参考書を開く。
理由を考えるのはやめよう。鈴城の意図を知ったところで意味などない。誰が悪人で誰が善人かなんてわかりきっているんだから、構わないのだ。正しい側の人間などいない。
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