検体

3/5
前へ
/43ページ
次へ
「クローン人間をつくることは、現在の法律上許されていません。協力者はあなたがたしかいませんし、バレないようにこっそりとやるしかないんですよ」  鈴城がさも当然といった口調で言うが、答えるつもりもなかった。  彼の非合理的な言動を鑑みれば、その言葉が決して嘘だとは言い切れなくなる。本当に裕貴に蘇生治療を施そうとしている可能性も出てきた。だが、そうだとしても看過できない。血を求められれば、次はどうなる。本当にほしいものが金でないなら、最悪なことにもなりかねない。  思わず席を立ち、病室から出ていこうとする。その動きをみとめた父が眉をひそめ、陽稀の腕を掴んで引き留めようとした。60代に差し掛かろうとしているはずなのに、異様に力が強い。 「どうして逃げる。裕貴がまた元気になって戻って来るには、お前の協力も必要なんだ」 「離せよ親父。何の説明もなしにいきなり血だけもらっていきますなんて、どう考えてもおかしいだろ。つうか法に触れるんだろ?なんであっさりと受け入れてんだよ」 「おや、説明でしたら数日前ご両親にしましたが。陽稀さんは先にお帰りになったのでご存じないんですね」 「そうだよ、ご存知ねえよ・・・・・・いや、そうじゃなくて!」 「この血液をもとに、健康な市ヶ谷 裕貴さんの体内に流れているであろう血液情報を割り出します。体液を体内でつくる仕組みは、クローンにちゃんと備わっているんですが、作り出す体液そのものも本人と同じである必要がありますのでね。検体のひとつもなしでは、クローン作成が進まないのです」 「何言ってんだよ。やめろ、気持ち悪い」  父の腕を振りほどき、背を向けて逃げようとする。  あの夜、鈴城から取引を持ちかけられたときにどうして止めなかったのか。騙されているかもしれなくても、倫理的にまずいであろうことでも、簡単に金を払ってしまうようなこの2人の暴挙を、どうして割ってでも静止しなかったのだろうか。  後悔しても、もう遅かった。太い針が迫ってくる。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加