検体

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 否む者にとって、注射針とは凶器だ。だからこそ迂闊に暴れるわけにもいかなかった。ただの針ならまだしも、これは危険度が段違いである。  再び父に腕を掴まれた。注射器を持った鈴城が、陽稀を説得しようと語りかけてくる。 「陽稀さん、なにも貧血になるまで血を搾り取ろうという魂胆でやっているのではありません。祐貴さんの蘇生治療のためにはさまざまなサンプルが不可欠で、そのうちのひとつがこれであるということなのです」  決して声を荒げることなく、鈴城は穏やかに説明をする。 「先ほども申し上げました通り、クローン人間生成には検体が必要なのですよ。もちろん、あとでお母様にも採血を申し出ます」 「だとしても、そんなに・・・・・・」 「ええ、必要です。人間の体内に流れる血液の量は、体重のおよそ13分の1。裕貴さんは長年の入院生活でお年の割には痩せていらっしゃいますが、それでも3リットルくらいはありますね」  思わず口をつぐむ。告げられた量に驚愕したためではない。注射器を構えた鈴城が一気に距離を詰めたのだ。  眼前にある鈴城の顔は、両眼を大きく見開いていた。よく見ると額に青筋が浮かんでいる。鈴城はそれでも、口角だけはあげながら低い声でささやいてきた。 「ご家族の血液をいただけないということは、お兄様の持つ血液情報を再現できないということになります。輸血じゃありませんが、あなた方の検体をもとにしてつくった血液をクローンの中にチューブで入れるんですよ。こう、ちゅーっとね」  鈴城はそう言いながら歯をかちかちと震わせ、注射器のピストン部分を押す仕草を繰り返した。 「裕貴さんの蘇生に協力しないのですか。お兄様を救うことを放棄するのですか。あなたと裕貴さんを家族として繋げるその血液をお兄様のために使わないのですか」  低いささやき声が耳をくすぐり続ける。抵抗の意思を捨てるか否かで躊躇した途端に、腕に注射針が刺さった。
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