実物

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実物

 指定された時間は真夜中。1日のうちでもっとも寒い時間帯だ。コートは手放せない。陽稀はポケットに手を突っ込んだまま、鈴城を待っていた。  鈴城と病院の外で会うときは基本夜だ。仕事があるからというのもあるが、話していることが話していることだけに白昼堂々は不可能だった。密会にせざるを得ない。  そんなわけで陽稀は、寒さに身を震わせながら病院の裏手に立っていた。正面玄関と面会者用の入口から、大きく回り込んだところにある壁際に立つ。  手入れのされていない茂みが雑多に生い茂り、壁には蔦が這っている。エアコンの室外機がぬるい風を吐いていた。真っ黒に塗りつぶされた夜空には、ぼんやりとした半月が浮かんでいる。  腕時計に目を落としたが、水平に構えた自身の腕がうっすらと見えるだけだ。スマホがあればそれを見たかったのだが、あいにく持っていない。  購入費も月々の支払いも、両親がしてくれるはずはなかった。かといって自分で買えるほどの貯金はない。待ち合わせ時間を過ぎているのかどうかもわからず、仕方なく鈴城を待った。 「お待たせしました、陽稀さん。ちょっと長引きましてね」 「遅えんだけど」 「ええ、時間わかるんですか?スマホ持ってないんでしょう」  ようやく現れた鈴城に舌打ちをして文句をぶつけるが、しれっとかわされる。姿は見えずとも、このふてぶてしい態度は鈴城だ。間違いない。  突然夜が強い白光に照らし出され、陽稀は思わず目を細めた。スマホの光量が最大にされた画面を、悪びれもせず向けてくる。時刻は00:01と表示されていた。 「今スマホの電源つけた瞬間に、時間変わっちゃいました。ついたときには零時ぴったりだったんですけど。1分ってはやいですねえ」  ふざけた言葉にまたもや舌打ちをしそうになるが、直前に噛み殺す。 「それじゃ、行きましょうか」  何の躊躇もなく闇へと足を踏み出す鈴城に、陽稀も慌ててついていった。
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