決断

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 もちろんわかる。世間で一般的に認知されていない裕貴の病気など、もっと大きくて治すべき病の前では取るに足らないということだ。しかも開発されるのは治療薬ではなく、予防のための凡薬。完治には程遠いだけだ。  当然、そういった病の根絶や治療に心血を注ぐ人はいるだろう。それでも研究と開発の速度は格段にのろくなる。まともに待っていれば、いつまで経っても順番はまわってこない。 「パンデミックにロックダウン、緊急事態宣言。あんたは覚えてなくても全部現実だよ。世界中の経済衰退させて歴史変えるくらいの病気も、解決されるのに何年かかった?各国で競ってワクチンが作られたし、どんどん国内にも入ってきたけどさあ」  知っている。幼い頃に聞きかじった程度だから、そう詳しくはないが。現代社会の教科書と歴史の資料集で見たことがあった。 「人間を病から救うために国と製薬会社が出した本気があれなんだよ。裕貴みたいな百万人にひとりもいないよう珍しい病気の患者のために、国が重い腰を上げてくれるのか?高い金と人件費払って時間と労力本気で調合でもしてくれるのか?」  陽稀の両肩を勢いよく掴み、母は涙をこぼす。あふれる雫に紛れて声が弱々しくなっていった。 「奇跡が起こらない限り、裕貴がまた元気になることはないってあんた言ったよね。その奇跡ってのが今なんだよ。鈴城先生が神様みたいなもんだ。迷ってなんからんないのよ今は。これしかないから、すがるしかないんじゃない。他にどうしろってのよ」 「・・・・・・母さん、もうそのあたりにしておきなさい。陽稀もわかってることだ」  涙に負けて口ごもった母がうつむく。その肩に、父が優しく手を置いた。
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