契約

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 この公園での秘密の取引には、毎度大金がつきものだ。世間には公開されていない新薬の開発状況を教えてもらう代わりに、両親は銀色のトランクを鈴城に渡す。それが常だが、ときにはその新薬を秘密裏に投薬してもらうこともあった。もちろん、何かしらの法には抵触するからこその大金だ。 「前払いとか、せこい奴」  聞こえないようにつぶやいたつもりだったが、鈴城は思いのほか地獄耳だった。それまで和やかに母と話していた顔が上がり、穏やかに微笑む。 「いつもと同じではありません。本当に、特別なお話なんですよ」  穏やかな否定に両親の声がぴたりと止む。生ぬるい風が、響く蝉の声をはらんでいた。静かではないはずなのに、彼の周りだけは無音に感じられる。 「今の裕貴さんは、難病で全身が動かない状態です。体内での生命活動は正常に維持できていますが、まばたきひとつできない。全身の筋肉と運動神経が機能していないんです。でも、脳は動き続けている」  体は動かないが、脳は動いている。そんな内外の矛盾がもう何年も続いていた。 「それを解決する方法があります。最先端の技術ですから、私もつい先日知ったのですがね」  さらりと述べられた言葉に、両親だけでなく陽稀も衝撃を受けた。数百万人にひとりの珍しい難病を治すことが可能なのか。いやしかし、治療や治癒ではなく、「解決」とは。  鈴城は一段声を落とし、息をたっぷり含んだ声で甘くささやいた。まるで、人を陥れる悪魔がそうするかのように。 「ここから先は、禁忌の入口です。それでも聞きますか?」  脳髄に絡みつくような言葉だった。即座にうなずく父と母の後ろ姿をぼうっと眺めながら、陽稀もいつしか首を縦に振っていた。  鈴城がベンチを指し示し、陽稀たちに座るよう促す。陽稀は両親と共に座り込み、目の前に立つ鈴城を見上げた。オレンジ色の光が左側から照らす彼の顔は、薄く笑っている。話し始めるために開いた口が横に広がった。 「ことの始まりは30年以上前、アメリカに遡ります──」
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