対峙

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「陽稀、悪いな。1滴でいいんだ」  無表情で父親がそう言った。静かな声に、鈴城の嬉しそうな声が重なる。 「絶対にあなたの協力が必要なんですよ。裕貴さんも男性ですし、性行為をします。そのときのためにサンプルが、陽稀さんの子種がなくてはいけないんです」  鈴城に髪を鷲掴みにされ、無理やり引き寄せられた。後ろの両親が乾いた声で笑っているのが見える。わけがわからない。兄のことがそんなに大事か。クローンのためにそこまでするのか。  頬を生温かい雫が伝っていく。鈴城の狂気的な笑顔がよりいっそう近づいた。玄関の内側に引きずり込まれてドアを閉められる。口を塞がれ、ポケットに入れていたスマホは奪われた。助けを呼ぶ手段が全てついえた瞬間だった。 「あと、できれば他のもほしいですね。ご両親からいただいた検体が無駄というわけではないんですが、やはり同じ血を分けた兄弟ですから。とりあえずは皮膚と血液と汗と涙と唾液を──」  鈴城の笑みが目と鼻の先にある。気づけば、両親もすぐ側にいた。口元は笑っているが目に光がない。顔の下半分だけを笑わせて、半分無表情で四肢を掴んでくる。  父は左腕と左足を、母は右腕を。そして鈴城が、どうやって持ち出したのか数本のメスを取り出した。 「大丈夫ですよ。そんなに痛くありませんから、きっと」  いっさい信じられない言葉が耳元でささやかれる。冷や汗が背筋を伝っていくのを感じていた。  そこから先のことは、覚えていない。
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