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「これはね、いわゆる『蘇生治療』です」
話し終えた鈴城が、静かに言葉を繋いだ。その語りを、両親は黙って聞いている。
「今の裕貴さんの体は、人の器として最低限の仕事しかしていません。冷暖房の完備した部屋で、汗をかけば拭いてもらい、排泄物の処理をしてもらう。介護されているのと同じです。裕貴さんが目覚めるには体が完全に動けるようになる必要がありますが、そうなるのは遠い先のことでしょう」
だから、健康な器に彼の中身を入れ替えるのです。そうすれば彼は病から解放され、健常者として生きられるでしょう。
医師とは思えぬおぞましい言葉だった。しかし同時に、それだけが裕貴を救う方法だと鈴城は言った。
「ヴァジム博士の狂気的なニュースから幾年もの月日が経過しました。今は昔に比べて技術の進歩も浸透もはやい。まだ倫理的な問題ということで表では承認されていませんが、確かにクローン人間を使った”蘇生”の成功例は存在します」
誰も、何も言わなかった。鈴城が話すだけだ。
「クローン人間の方はこちらで用意します。脳の移植手術も、神経接合もこちらですべて行います。ただ、あなたたちにはいくつかお手伝いをしていただくことになりますが。どうです、魅力的なお話でしょう?」
もちろん、魅力的な話だ。裕貴が目覚めることしか考えていない人間にとっては。
だが、陽稀は両親ほど盲目ではなかった。医師という世間の重役を担う職名を出せば、たいていの嘘は真実に聞こえるものだ。医療が絡む話はとくに、人を騙すのにうってつけな内容である。悪い医者が家族の快癒を切に願う人間から大金をせしめようと思えば、この手の話が1番効くはずだ。
事前に内容を聞いていなかったとは言え、のこのこついてきた自分も阿呆だった。唇を噛み、鈴城を睨む。
だが、唐突に父の手が頭に乗せられ、開いた口が発声を止めた。なんだ、と思った瞬間には首が折れるほど強く押さえつけられ、強引にうつむかせられる。
力を入れたままでは危ない。弛緩させて下を向いたとき、頭から父の手は離れた。反射的に頭を持ち上げると、視界に鈴城の姿が戻る。無理やり頷かせられたのだと理解した。
鈴城のにやついた笑顔を見て、今のを肯定の意と認識したのがわかった。一気に血の気が引いていく。
「ありがとうございました。承諾はいただきましたよ」
悪魔が不敵に微笑んだ。
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