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しかし、長年の習慣とはなかなか変えられないものだ。両親が夕食の席で、裕貴の髪の毛を鈴城に渡したことを嬉しそうに話すのを聞きながら、明日病院に行かないという選択肢は既にだいぶ薄れていた。
次の日は、朝から病院に向かう。夏休みが始まっていた。部活に入っていない陽稀は、たいしてすることもない。顔パスで入って無心で廊下を歩き、兄の眠る301号室にたどり着く。
今度は、椅子に座った母が意気消沈したようすでうつむいていた。隣に座る父が母の肩に手を置いている。
「勝手に採取しなくて大丈夫ですって言われたわ・・・・・・全部鈴城先生がやってくださるそうよ。私たちは何をすればいいの」
目元にハンカチをあてた母の声は、とぎれとぎれだった。
「心配しなくて平気さ。お手伝いしてもらうことがあると、鈴城先生も仰っていたじゃないか」
「ええ、そうよね」
両親がうなだれているのが自分のせいとも知らずに、裕貴は相変わらず白い空間の中で眠りこけている。そしてその側で泣き続ける母と慰める父。椅子とるんじゃねえよ、と陽稀は心中で舌打ちをして病室を後にした。親が泣いているところに割り込むなんてまっぴらだった。
両親が直接的な採取に踏み切っているのを見たのは、初日だけだった。それ以降は、鈴城の指示で自分自身の資料提供を要求されるようになった。鈴城が言っていたお手伝いしてもらうことというのは、このことだったのだ。
もちろん陽稀も、その中に含まれている。
「裕貴さんの人間クローンをつくるということは即ち、裕貴さんをもうひとりつくるということだと思ってください。クローンとは外見から遺伝子組成まで、全てが裕貴さんと完璧に一致した存在です。完全な再現のために、ご両親のDNA情報が必要です」
鈴城はよくそう言った。
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