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成功者
夏が過ぎるのははやいものだ。梅雨が終わり、定期試験が終わればあっという間に夏休みが近づいてくる。だがそれはもう、学生だけがもつ夏の特権ではない。クラスメイトの大半は夏休みを受験勉強に充てる。陽稀もそうだった。
教師には、県外のとある大学への一般入試を志望していると伝えてあった。今の家からは通えない距離で、寮もない。合格した場合には必然的に独り暮らしをすることになるぞと担任は大げさに脅してきたが、問題はそこではなかった。
両親が学費を払ってくれないであろうことは予想済みだ。裕貴の蘇生治療のためにさんざん貯金をくずしている2人のことである。学費を援助してくれるどころか、バイト代をむしりとろうとしてくるのは目に見えていた。
家族から離れて暮らすことに抵抗はない。むしろ、心のどこかでそれを望んでいる。
相変わらず身を粉にして働く両親を尻目に、陽稀は裕貴の病室へ通い続けた。家にこもろうにも、仕事がある自分たちの代わりに裕貴のお見舞いに行ってきなさいとせっつかれるだけだ。
静かな勉強空間が手に入ったということにして、仕方なく毎日301号室へ足を運んでいた。
参考書から目を上げ、ちらりと裕貴を見る。いつもと同じように何本ものチューブに繋がれ、目を覚ますことなく生きている。日にあたっていない肌は白く、手足は細い。
知らない人間が見れば、きっと憐れむのだろう。だが陽稀にとって、もうその段階はとうに過ぎ去ったものであった。
ふと、数日前に鈴城が連れてきたある人物のことを思い出した。彼女と会ったときの記憶はまだ新しく、当時の衝撃も未だに拭えないままだ。
あれが現実とは到底信じがたい。それにもしも本当に現実ならば、それこそ自分たちは、裕貴というひとりの人間への憐れみのためにとんでもないことに足を突っ込んでいる。
──陽稀さん。こちらが蘇生治療の成功者である、髙橋 美津子さんですよ。
そう言って鈴城に紹介された女は、告げられた実年齢とは裏腹にしゃんとした姿勢で、杖もなしに立っていた。
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