Prologue

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Prologue

 息を吸う。  小さく吐く。  試合場の、(あお)く澄んだ、凛とした空気の中。  すっ、と相手に近づく。  相手も一歩進んでくる。  遠いのに、近いようなこの距離間。  銀にきらめく面金(めんがね)の奥から見える二つの眼。  相手の肩の動きを、足の動きを、竹刀(しない)の動きを。  見逃さないように。  短く呼吸をしながら、考える。  相手が何を考えているのかを、考える。  相手の息遣いも、聞こえる気がする。    相手になりきれ。  俺だったら、この状況で何を出すか。  考える。  考えろ。  そして――――  今だ。  飛び出す。 「メェエエエエエエエエエエン!!!!」  俺の竹刀が、(あお)く凛とした空気を  斬り裂く。  (メン)あり、という審判の声が耳に入る。  よかった、決まっていた。  嬉しいというよりも、安心感が勝っていた。  「勝負あり!」  主審(しゅしん)が俺の方――赤の旗をあげて、試合終了を告げた。    見ているかい?父さん。  俺、中学最後の試合で、二本勝ちしたよ。  スコア的にチームは負けたけど、俺は勝ったよ。  しかも、得意の面で二本とも取ったよ。  ちゃんと見てた?  でも父さん、俺これで剣道はやめるよ。    今までずっと応援してくれて……って俺がそう信じてるだけだけど……ありがとう。  楽しかったし、勝てると嬉しかった。  だけど  ――――俺は  絶対に剣道は、やらないよ。  もう、二度と。  
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