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06 アルファ
*
琵琶湖にほど近い歓楽街。
とぼとぼ歩く少女の姿がある。首回りの伸びたTシャツ。薄汚れたハーフ・デニムパンツ。くたびれたズック靴──
ネオンと喧騒を避けるように脇道へ入り、縁石に尻を落とす。ショルダーバッグから取り出したパンにかぶりついた。旨くもなさそうに咀嚼する。
路面を照らす街灯の明りを人の影が遮った。
細身の影が手を伸ばし、少女にアイスコーヒーのボトルを差し出した。「なんか飲まねえとノドにつっかえるぜ」
影の正体を確認もせず、汗をかいたボトルを少女は受け取る。キャップを切って一気に半分飲んだ。
「いい飲みっぷりじゃねえか」かがみ込んできたのは若い男だ。「万引きはいけねえなあ。どうだ、コンビニのパンなんかより、もっといいモン食わせてやるよ」
「いいモン、って何?」少女は顔を上げる。
「おう、ステーキなんかどうだ。レアの、血のしたたるやつだぞ」
「血がしたたるなら、生肉のほうがいい……」
「へっ」
おぼこい顔して、とんだ肉食系だ。おおかた家出してきた山出しだろう。カネの稼ぎ方も知らねえ。なら、教えてやるまでのコト。オレはなんて親切な男だろ。マネジメント料は頂くけどな、とーぜん。
クタクタな衣装は浮浪者寸前だが、中身は上玉だ。これまでマネジメントしてきた女たちの中でも上位に入る。愛くるしい顔、イナカ娘の素朴さ。このタイプは、教えたがりのオヤジどもを虜にする。
風呂ですっかり汚れを落とした少女を想像して、男のボルテージは跳ね上がった。
「生肉、ナマニク……と」男は脳内検索する。肉刺しを食わせる店が記憶の中でヒットした。「とにかく先にキレイにしようや。着替え買ってやるよ。ディナーはそれからだ。名前は?」
「ハルコ」
レトロな名前じゃねえか。「オレ、ハルキ。ハルハルで青春だな。さあ、とりあえず風呂だ、フロ」ハルコの腕を取って立たせた。
パンチパーマの茶髪。尖った鼻の下で唇をぐいっと歪める。オンナがイチコロになると信じている表情を、ホストあがりのハルキはこしらえた。
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