05 底流

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『ずっとキミに呼びかけたが、は届かなかった。厚い殻の中に引きこもっていたね。あの日、殻が割れた。ようやく届いた』  公方 未有と肌を合わせた夜だ。  他人の心と繋がることを避けてきた。たいせつなモノを失う経験はもうごめんだ──そう思ってきたのに。あの夜、公方の温もりが(かたく)なな鎖をほどいた―― 『女、か』高藤は笑みを浮かべる。『自然なことだ。自然は物事を正す。大ごとが起きる僅か3日前だった。偶然のように間に合った。どうだ、〈流れ〉は行くべき(ところ)へ流れる』 『オレのことなどどうでもいい』 『最後に一番重要なことを話す。姉の在葉(アルファ)は既に目覚めている。京都の施設を脱走した』 『居場所はわかるのか?』 『こちらの念波を遮断できる。行方はわからん。だが、キミはもう在葉(アルファ)に遭っている』 『なに……』 『〈人喰い〉になった少女──イブ。それが在葉(アルファ)だ。武漢化学はサナギの片方に孵化を促してみたが、うまくいかなかった。そこでEVE-2を試した。結果はあのとおりだ。躰が変化する者と精神が変化する者に分かれるが、在葉(アルファ)は前者だった。姉の目覚めに共鳴して、妹もレム睡眠へ移行した。於女香(オメガ)の自然覚醒は近い。もしEVE-2が於女香(オメガ)に使用され精神能力が増強されたとしたら、ただでさえ強力な念爆は核の威力を超える』 『なんてことだ。それほどのを気前よく差し出す劉は、いったい何を企んでいる?』 『の企みなど、想像もつかん』  高藤の状態が悪いことに気づいた。額に汗が浮き、息が乱れている。 『だいじょうぶか』 『切れかけの電池と同じだ。休みやすみじゃないと念話さえ使えん。限界だな。まあ、葵と劉のを潰すまで命がもてばよい』高藤は目を閉じた。 『感謝してるよ。アンタの助けがなけりゃ何もできなかった』 『年寄りは意味が欲しい。自分の生きた意味。それさえ得られたら安らかに逝けるというものだ。無秩序な世界に偶然湧いた無意味な存在──そんな自分は受け容れがたいじゃないか。  残りの情報は圧縮して精神ファイルで送る。ショックがあるぞ』 『一度経験済みだ』  ガクンと頭の芯が揺れる。超高速でデータが脳髄に転写される。数秒のことだった。   それきり高藤は失神するように眠りに落ちた。  カーテンに閉ざされた窓のむこうで、廃品回収車の呼び声がする。間の抜けた童謡が流れる。急に、眠たい午後の日常に引き戻された。  眠たい日常の底を、殺伐とした底流がうねり貫いているのだ──
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