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『ずっとキミに呼びかけたが、声は届かなかった。厚い殻の中に引きこもっていたね。あの日、殻が割れた。ようやく届いた』
公方 未有と肌を合わせた夜だ。
他人の心と繋がることを避けてきた。たいせつなモノを失う経験はもうごめんだ──そう思ってきたのに。あの夜、公方の温もりが頑なな鎖をほどいた――
『女、か』高藤は笑みを浮かべる。『自然なことだ。自然は物事を正す。大ごとが起きる僅か3日前だった。偶然のように間に合った。どうだ、〈流れ〉は行くべき処へ流れる』
『オレのことなどどうでもいい』
『最後に一番重要なことを話す。姉の在葉は既に目覚めている。京都の施設を脱走した』
『居場所はわかるのか?』
『こちらの念波を遮断できる。行方はわからん。だが、キミはもう在葉に遭っている』
『なに……』
『〈人喰い〉になった少女──イブ。それが在葉だ。武漢化学はサナギの片方に孵化を促してみたが、うまくいかなかった。そこでEVE-2を試した。結果はあのとおりだ。躰が変化する者と精神が変化する者に分かれるが、在葉は前者だった。姉の目覚めに共鳴して、妹もレム睡眠へ移行した。於女香の自然覚醒は近い。もしEVE-2が於女香に使用され精神能力が増強されたとしたら、ただでさえ強力な念爆は核の威力を超える』
『なんてことだ。それほどの兵器を気前よく差し出す劉は、いったい何を企んでいる?』
『闇に棲む者の企みなど、想像もつかん』
高藤の状態が悪いことに気づいた。額に汗が浮き、息が乱れている。
『だいじょうぶか』
『切れかけの電池と同じだ。休みやすみじゃないと念話さえ使えん。限界だな。まあ、葵と劉の取引を潰すまで命がもてばよい』高藤は目を閉じた。
『感謝してるよ。アンタの助けがなけりゃ何もできなかった』
『年寄りは意味が欲しい。自分の生きた意味。それさえ得られたら安らかに逝けるというものだ。無秩序な世界に偶然湧いた無意味な存在──そんな自分は受け容れがたいじゃないか。
残りの情報は圧縮して精神ファイルで送る。ショックがあるぞ』
『一度経験済みだ』
ガクンと頭の芯が揺れる。超高速でデータが脳髄に転写される。数秒のことだった。
それきり高藤は失神するように眠りに落ちた。
カーテンに閉ざされた窓のむこうで、廃品回収車の呼び声がする。間の抜けた童謡が流れる。急に、眠たい午後の日常に引き戻された。
眠たい日常の底を、殺伐とした底流がうねり貫いているのだ──
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