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劉は椅子から腰を浮かした。そして拍子抜けする言葉を吐いた。「また遭うことにしよう、景宮 周。それまでに、もっと憎しみと絶望を溜め込んでおけ」
だが、悪魔がこのまま立ち去るはずがなかった。「ツトムは殺しておこう。オマエの憎しみと絶望が少しは積み重なるだろう」
刹那、シュウの頭から思考が消し飛んだ。跳ね起き、一条の矢のごとく劉に突進していた。
ストレートが顔面にクリーンヒットする。鼻柱の折れる感触が拳に伝わる。が、二発目は空を切った。
胸ぐらを掴まれて壁に叩きつけられた。すかさず抱えられ、受け身もとれない速度で逆落としを喰らう。
電撃のような激痛が首を奔った。
頚椎をやられた。手足が痺れて起き上がれない。もはや戦闘不能だ。
救命処置にナノが総力を挙げている。
「いいパンチじゃないか。まだ動けたとはな。それが憎しみの力だよ」自分の鼻をつまんでグキッ、と位置を戻す。
垂れた血をハンカチで拭った。折れた鼻よりも、血の滴った白いジャケットの方が気になるようだ。
鼻の骨折は、劉の高品質ナノマシンなら1時間ほどで治癒させてしまうだろう。その程度の傷しか与えられなかった。
悪魔は大の字になったベンケイに歩み寄る。
「実験体の役目は終わりだ。ツトム、ご苦労だった」右手を振り上げる。それは鈍色に輝く両刃剣に変形した。
仮想剣ではない。実体剣だ。劉のナノマシンは形状変化まで可能なのだ!
「やめろ!」シュウは叫ぶ。「なぜオレだけ殺さない?」
応えず、劉は鈍色の切っ先をベンケイの喉元に突き通そうと――
銃声が轟いた。
時田が片膝をつき、銃口を劉に向けていた。手首の拘束を外していたのだ。だが、呆然と目を見開いている。頭部に弾丸が命中したはずなのに、標的は何事もなく立っているからだ。
劉はこめかみ辺りに左拳を上げていた。拳が開かれると、掌に弾丸が載っている。着弾寸前の弾丸を掴み取っていた。
「そうそう、虫ケラがもう一匹いたのだったな。失念していた。弾丸は返すぞ」左手が見えないほどの速度で振られた。
投げ返された弾丸が、発砲した男の手を貫通する。拳銃を弾き飛ばした。
ぎゃっ。時田は右手を押さえた。血しぶきが飛ぶ。
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