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ふ。劉の顔がとつぜん仮面のごとくのっぺりした。ふふふふ。作り物めいた顔が笑いだす。
あはははー。哄笑に変わった。とびきりのジョークを聞いたとでもいうように。
「そういうのを、ひきこもりの言い訳というのだ。無力なペテン師がぁ」光の結界に抗うように足を運ぶ。
強い抵抗に押し戻されるが、それでもジリジリ前進する。あの劉が額に汗を浮かべている。
光の女性まで、あと少し。
「エラそうにしやがって。オマエを辱めてやる。裸に剝いて股を開いてやる。泣いて後悔させてやる」
迫りくるケモノにもマザーの表情は動かない。その穏やかさは、強さでも蔑みでもない。たしかに、赦しているように見えた。それがケモノをますます憤怒させる。
劉は歯を剥いて咆哮した。
ケモノの爪が届く寸前、マザーは於女香と共に光の中へ溶けた。
遠い処へ行ってしまうのだ――
「逃がさんぞぉ!」劉は追いすがる。縮みゆく虹色の光へ我が身を投じた。
ケモノに領域を侵された光は、身震いのように波紋を立てた。
ケモノを呑んだ後、光は急速に縮小する。閉じるように消え去った。
悪魔は居なくなった。すべて夢であったかのように。
ザコに構っているヒマなどない――そんな捨てゼリフが、エリアに残響している気がした。
蚊帳の外にされた男たちは、白けた空気の中、それでも安堵の息をついた。
「行っちまったな。あれが、伝説の劉か。なるほど、とんでもない化け物だ」時田が寄って来た。
弾丸が貫通した右手は血に染まっている。
左手首の腕時計からはノコギリ状の小刀がとび出していた。縛めを切断した仕掛け。特捜の秘密兵器らしい。
「ワケのわからん事ばかり続いて、頭がおかしくなりそうだ。世界は本格的に狂ってきやがった。思えば、ブラックホールが出現したあたりから狂い始めたんだな……」時田は傍らに屈み込む。「大丈夫かい、アンタ」
「ああ、パワーボム喰らっちまった。頸が折れてる」ゆっくり身を起こし壁にもたれた。
「まったく、アンタってヤツは。捻挫しました、くらいの言い草じゃねえか」時田は笑った。
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