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彼の身体は日に日に筋力を失い、車椅子での生活になった。だが相変わらず彼は明るかった。生きることを諦めていないというよりは、死ぬことを受け入れ、残りの時間を自分らしく過ごそうとしているみたいだった。
彼は車椅子の上からシャッターを切った。被写体は動物や野鳥だったり、時に公園を走り回る子どもや子の手を引く母親だったりした。
彼はある日、公園のベンチに座る私に語りかけた。いつもの少年のような円な瞳と優しげな眼差しで。
「最初君に告白された時、弟みたいに思ってるって言ったろ? 実は僕も最初会った時から君のことを気になってたんだけど、こんな冴えないオッサンいつか飽きられるだろうなって思って、告白されても断り続けてたんだ」
「なんじゃそりゃ」
思わずおかしな反応をしてしまった。じゃあ私は、両想いなのにニ年も彼に必死にアプローチをしていたということかと呆気に取られた。だけど私が彼の目に最初から魅力的に映っていたということは、素直に嬉しかった。
ある朝いつものように公園を散歩していた時、車椅子を押す私に彼は言った。
「もしも僕が死んで君に新しい恋人ができたって、僕は決して君を恨まないよ。外見だけじゃなく心も美しい君なら、僕よりもハンサムで素敵な男を見つけることができる。だけどこれだけは言わせてくれ。もし君に近寄ってきた男がロクでもない奴だったら、俺がそいつの頭に隕石を落としてやる」
「何言ってんの」って私は吹き出してしまったけれど、彼は笑わなかった。
そのあと彼が寿司を食べたいと言ったから、和食の店に入って奮発して注文した寿司のセットを食べた。彼は好物のサーモンとアボカドの巻き寿司と、イカ寿司を美味しそうに食べた。12個あったうちの半分以上を残して代わりに私が平らげた。
「ああ、美味しかった。また来ようね」と彼は微笑んだ。綺麗な笑顔だった。
それから二週間後に彼は旅立った。私と家族に見守られ、私の家のベッドの上で眠るように息を引き取った。目を瞑るその顔は微笑んでいるように見えた。まるで、世界一幸せで笑える夢を見ているみたいに。
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