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マーヴィンは静かに私の話を聞いていた。感情の計れない目で私を見つめながら。
「辛かったね」と彼は私の髪を撫で囁いた。「だけど、もうすぐ楽になる」
ーー何かがおかしい。
そう第6感が告げていた。
グラスのジンは3分の1に減っていた。頭に靄がかかった様に意識の半分が消えかけていた。
酒に薬を混ぜられたと直感した。
「あまり飲んでないね」と彼が言ったから、「店で飲み過ぎちゃって少し気持ち悪くて……。コークなら飲めるかも」と答えたら、「なら持ってくるよ」と彼は立ち上がりキッチンへ消えた。
ーー逃げなければ。
脳から指令が出るも、意識が朦朧として身体が言うことをきかない。
大量の生肉が腐った様な臭いに吐き気がする。ここを出ない限りは助けてくれる人はいない。心がかつてない恐怖と孤独に支配されていた。
ゆっくり立ち上がり、よろめく身体を引きずりリビングを出て廊下を走る。脚が震え、心臓が激しく脈打った。
そっと玄関ドアを開け通路に出た。頭が割れそうに痛く倒れそうなほど強い眠気に襲われていた。だがここで寝ては終わりだと自らに言い聞かせ、必死に意識を保って走り続けた。
手すりに掴まりながら階段を駆け降り、アパートから通りに出た。
「助けて、誰か!!」
助けを求めた私の元に、アジア系らしき中年女性が駆け寄ってきた。
「大丈夫? どうしたの?」
「男が……飲み物に薬を混ぜられて……部屋が変な匂いがして……」
支離滅裂な説明を、女性は仕切りに頷きながら聞いていた。
「最近流行ってるのよ、私の友達の息子も行方不明でね」
ちょうど通りかかった警察がどうしたのかと聞いた。そこにマーヴィンがやってきて、「彼は僕の友達でね。具合が悪くなったみたいで家で休ませてたんだ」と爽やかな笑顔で言った。
「そうだよね?」と私を見て細められた冷たい目に身体が凍りついた。
何度違うと否定しても、女性が助け船を出しても警官は疑わなかった。結局能天気な警官のせいで私はまた男に引き渡され、身体を支えられながら再び逃げてきた道を歩く羽目になった。絶望的な気持ちだった。
アパートの近くまで来た。私は眠気と必死に戦いながら、身体に回された彼の手を振り解こうと抵抗をした。
「逃げられないよ、君は」と彼は耳元で囁いた。爪先から脳みそまで冷たくなった。
彼は邪悪なことをしようとしている。きっと私はこのまま殺され、あの腐敗臭のするものたちと一緒に埋められるのだ。
絶望した。最愛の恋人も失い、最後の最後にこの男に惨殺されるだなんて。涙が溢れた。もう終わりだ、何もかも。
「放して!!」
渾身の力でマーヴィンを突き飛ばした、その時だった。
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