シュレディンガーの仔猫

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 目を大きく見開(みひら)いて、  口を大きく()いている。 彼の母の姿がスローモーションになっていった。 「あ……ああ……ごめ……ごめんなさい」 彼の母は、彼に向かって微笑んだ。 彼の顔の後ろには、大きな欠けた月が輝いていた。           〆 彼は両親がいなくなったあと、母方の祖父母の家に引き取られた。 彼は裕福な実家で何不自由なく育てられたが、かつて彼の母が家出した傷痕は小さくなかった。 彼が大きくなるにつれ、何となく得体の知れない溝が広がっていくのを感じていた。 彼は無口で引っ込み思案だったが、優秀で大学では父のような天文学を学びたいと思っていた。 彼がそう話した時、初めて祖父母が如何に父を憎んでいたのか思い知ることになった。 彼は、二度とその気持ちを口に出すことはなかった。 大学に進学し、卒業とともに遠い遠い街に就職した。 就職した会社では、虐めに虐め抜かれ3年が経った。 産業医の面談を受けて、うつ病の診断書が出された頃には頭も心も空っぽになっていた。 慎ましく正しい彼は、理不尽な世界で救いを見出す方法が上手く見つけられなかった。 そんなある日、彼は彼女と出会った。 近所の公園。 真夜中に突然目が覚めて、眠れぬまま足を運んだ人気(ひとけ)の無い公園。 そのベンチに彼女はいた。 彼女は人生に絶望し、同じように絶望していた彼と出会った。 その数時間後、彼等はそう決まっていたかのようにしっかりと手を握りあって20階建のビルの屋上に登って行った。
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