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 私がその生物を発見したのは全くの偶然でした。  大学院で昆虫学を学んでいた私はその日、近々提出予定の論文を仕上げていたのですが、行き詰まりを感じて庭に出たのです。庭と言っても小さな花壇があるだけの質素なものです。  陽光を浴びて新鮮な空気を吸い込むと、徹夜明けで微睡んでいた脳が痺れるようでした。花壇に植えられた僅かばかりの花々が昨夜の雨の雫をを嬉しそうに輝やかせていました。その時です。花壇の隅のこぶし台の石を目の端に捉え、違和感を感じました。一瞬ですが、私にはその石が動いた様に見えたのです。  睡眠不足からの錯覚かとも思いましたが、私は気になった事象は解決しないと居心地が悪くなる性分ですので、その石を瞬きもせずに観察しました。何故すぐに手に取って調べなかったのかといいますと、生物が下から石を動かした可能性を考慮したからです。私が手を伸ばせば警戒心の強い小さな生物はたちまち逃げてしまうでしょうから。  十分、十五分くらいは観察を続けたでしょうか。石は一向に動きません。やはり見間違いか、そう考えて、私は石に近付いたのです。するとまた新たな事実に気が付きました。遠目では灰色に見えた石が、近くで見ると黒色をしていたのです。ええ、光沢の一切無い黒色です。
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