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やんわり断られた上、帰宅を促されてしまう。
「朝霧くんだってプライベートは大事にするべきなのに」
「俺はいいの、今は仕事に集中したい時期だし。けど町田は違うだろ?」
「え?」
どういう意味? と尋ねようとしたが、ここで朝霧くんの携帯電話が震えた。
「ごめん、母からだ」
「あ、じゃあ、私はこれで」
「うん、お疲れ様。気をつけて帰れよ」
去り際に肩をポンッと叩かれた瞬間、胸が締め付けられる。もう何年も抱えるこの痛みの原因に振り返れば、優しい声音で会話していて。相手は母親と言っていたけれど、もしかして彼女かもしれない。
朝霧くんは社内だけでなく取引先の女性からも好意を寄せられている。私は同期というだけで彼との橋渡しをお願いされ、その都度お断りをしてきた。かくいう私も朝霧くんへ想いを寄せる一人だからだ。
もちろん、朝霧くんにとって自分が同僚でしかないのは承知している。それでも真摯に仕事へ取り組む姿を素敵だと思うし、こうして顔を合わせて他愛のない会話をするのが嬉しい。
廊下の窓ガラスに映り込む自分は我ながら地味で、片思いの相手にアピールする勇気や自信がない。
「あ、明日!? いきなり言われても無理だって!」
会議室に向かおうとした時、朝霧くんの声が響く。なんだかトラブルめいた雰囲気が漂う。心配ではあるものの、むやみに顔を突っ込んではいけない気がして聞こえない振りを決め込むとエレベーターのボタンを押す。
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