20.5

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結局、その日はそこで別れたのだが。 僕はふと思い立ち、真っ直ぐ家に帰るのではなく先程プレゼントを買った百貨店を再び訪れていた。 (森さんに何か贈り物でもしてみようかな……) 別に誕生日でもないし、何かイベント事がある訳でもないけれど、贈り物を貰って嫌な気持ちになる事は無いだろう。 思えば、誕生日祝いなどお互い贈りあった事もないし、クリスマスなどのイベントも店が忙しい為、これといって何かした事はない。 もしかすると、プライベートな贈り物はこれが初めてかも知れない。今更な気もするが、伝える事が大切だと気付いたばかりだ。 (何か、はいいけれど何を贈ろうか……) 迷いながら、取り敢えず紳士小物が売っている階にエレベーターで上がる。つい数時間前に見た景色の中をゆっくりと歩いた。 プライベートでの付き合いが全く無かった訳では無いが、食の好みを除いて彼の好きなものをよく知らない。 歩きながらふと、先程自分で言った言葉が頭を過る。 『ずっと……ずっと、続けられる限り、2人で店を続けていきましょう』 改めて考えると、森さんとの関係は「店ありき」だ。porta fortuna(この場所)が無ければ今の僕達もいない。porta fortuna(この場所)を離れてしまったら、冴木くんやクマくんのように疎遠になってしまうのだろうか。一瞬不安な気持ちになったが、いやいやと頭を振る。 (そもそも、離れる事が無い) 僕と森さんにとってporta fortuna(この場所)が全てであり、これからも店と共に2人で歳を重ねていくのだろう。それはきっと、疑いようのない事実だ。 「……あ」 森さんが似合うと言ってくれたマフラーが目に留まり、思わず手にする。 元々お洒落に興味が無く、頻繁に買い替えるよりは少し高くても良いものを長く使うタイプだ。しかし小物はおろか、鞄、靴、そして服さえもここ最近は新調していない。せいぜいインナーや靴下を買ったくらいだろうか。料理以外無頓着な所は昔からあまり変わっていない。 森さんが似合うと選んでくれたそれはカシミア100%で、自分でもう一度巻いてみると軽くて温かい上に極上の肌触りだった。商品棚を見ると、自分が試着したものと同じデザインで黒、濃紺、焦げ茶色の色みのものがある。 (贈ったら、使ってくれるのだろうか…) 思い描こうにも、何となく出てくるのはコックコート姿ばかりで思わずクスリと笑った、その時。 「あれっ?肇?」 「えっ?!」 驚いて顔を上げると、向こうも―…森さんも驚いた顔でこちらを見ていた。
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