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クールなお客さん
中等部に入ったばかりの頃。
私はこの学園のすぐ近くで自分の実家がお弁当屋さんをやっていることがなんとなく恥ずかしくて仕方なかった。
だから、店で手伝いをしながら、うちの制服の子が買いに来る度に、冷蔵庫の陰に隠れた。
「なにしてんの?菜緒…。はやくこれ持ってってよ。」
母さんがいつもイラッとした顔で私にそう言ってくる。私の事情なんてお構いなしだ。
「ほら、だって、うちの制服じゃん!
うちの学園はバイト禁止なんだよ?バレたらヤバイじゃん。ていうか、中等部でバイトなんて、本当はダメじゃない?」
「何がヤバイのよ。バイト代ちゃんと払ってるワケじゃないし、正式に雇ってるワケじゃないんだから、バイトにならないでしょ?そもそもあんたはうちの子でしょ。いいから早くしてちょうだい…。」
私はふて腐れながらマスクをして顔を隠し、いつものだて眼鏡もかけた。
こんなんで変装出来てるなんて思わないけど。しないよりはマシだし。
ほらね。またいつものあのちょっとクールなあいつがまた買いにきた…。
いつもこの時間になると決まってやって来る。土日は昼間。平日は夕方に…。
そんなにしょっちゅうお弁当屋の弁当なんか、食べる?って聞きたくなるくらい。おうちのご飯食べないの?って。聞きたくなるくらい。
あいつは黙って商品名をボソッと言っては、こっちをじっと見てくる。
だて眼鏡にマスク。こいつ怪しいやつだって、そんな顔をして見てくる。
お弁当が出来るまでの間、店の隅っこで、置いてある雑誌なんかを見ながら時々チラチラこっちを見てくる。
変なものを見るような変な顔して。
まさか、バレてないよね。
まさか、同じ学園の同じ中等部だなんて。
あいつはあたしより年下なはず。
春の球技大会の時、学年カラーで知った。
あ…、いつも買いに来るあいつだって。
あいつは一年生の応援団長をしていた。
不覚にも、ちょっとかっこいいななんて思ったのは内緒。
二年生のわたしなんか、きっと眼中にないはず。それにわたしがいつも買いにきてる弁当屋の娘だなんて知らないはず。
ひときわ背が高く、彼はとても目立っていた。一人だけ頭1つ分か2つ分飛び出していたし。
大きく張り出した肩幅も、中学生の割に立派な胸板も、半袖から見えてる二の腕の筋肉も。
キラキラ太陽の光を浴びて輝いて見えた。おまけにあの顔だ。あの顔面偏差値の高さはちょっとした有名人なみだ。いつもつるんでる仲間に負けないくらい。イケメン。そう、彼らは学校を揺るがすくらいのイケメン集団で有名なあの人たち。
外国人みたいな一ノ瀬大河、アイドルみたいな真壁碧斗、正統派イケメン俳優みたいな早川誠也、そして彼。
久住恒介…。
すれ違う女子たちの黄色い声を浴びながら彼らが学園内を歩く度にキラキラといつも輝きを放ってる。
それに比べて私と言えば…。
ピラミットのごくごく底辺にいる普通の女子。地味だし何の取り柄もない。運動神経がいいわけ出もなければ、特別学業に秀でたわけでもない。特別綺麗なわけでもないし、お笑い女芸人みたいに面白いわけでもない。美術や書道で表彰されることもないし、運動部で活躍して県大会や関東大会に出場、なんて貼り出されることもない。
いたって普通の影の薄い、いち生徒に過ぎないのだ。得意な事といえば、毎日手伝わされてる料理くらい。
唯一脚光を浴びたのは家庭科の授業の調理実習の時だけ。包丁の扱いがうまいとみんなに褒められた。
ただ、それだけ。
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