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「なによ!こんなのいらない!」
あたしは怒りに任せて彼の顔にタオルを投げつけた。
「もうあんたなんか大嫌い!帰る!」
そう言って。
急いで着替えて先にプールを出た。
先に帰ろうと思ったのに。
駅で追い付かれた…。
電車を待っていたホームで。
「付いてこないで!」
「そんなに怒るなよ。」
「怒ってない。」
「怒ってんじゃん!」
「最初にいきなり怒ったの、そっちじゃん!」
て。それっきり。
帰り道。一言も口をきかなかったし、目も合わさなかった。
キュンキュンする夏のデートに憧れてた。中学三年生の夏。
彼がドキドキしてくれるって思ってたのに。甘い夏の日のデートを期待してたのに。なんでよ…。
悔しくて涙が止まらない。
彼はとうとううちまで着いてきた。
「来ないで!」
「待ってよ。」
「来ないで!帰って!」
「待てって。」
「離してよ。」
「待てよ!!怒ってゴメン。」
「ゴメンて?今さら何がゴメンなの!?」
睨み付けた私の顔は涙でグシャグシャだ。
私の見上げた顔が背の高い彼の悲しげな顔を下から睨み付けた。
「もう、あたしに触らないで!」
そう言って立ちはだかる高い壁のような彼の上半身を押すように突き放そうとしたら、その腕を強く掴まれて引き寄せられた。そして気がついたら彼の腕のなかにすっぽりと抱きしめられていた。
「俺が悪かったよ…。ゴメン。」
その言葉に涙腺がこわれて決壊し、崩壊した。
今まで我慢してた涙が滝のように溢れだし一気に吐き出した。悔しさと悲しさと。切なさと…。こんなに大好きなのに。
「心配だったから。ちょっと俺も動揺しすぎた。
あんな奴らに絡まれて、あんな奴らに触れられて、あんな奴らにお前のあんな姿見られて。あいつらに腹が立って。だから…、ゴメン…。」
「あたしは…。あたしは…。
ただ言ってほしかった。
今日は可愛いねって。綺麗だねって。そう言ってほしかったのに。
あんなに怒るんだもん、破廉恥だって。あんな目であたしを見て」
「ゴメン。見せたくなかった。」
「え?」
「お前の似合いすぎてるその可愛すぎるビキニ姿も。綺麗すぎるその体も。リップが可愛すぎるその顔も。あんな奴らに、俺以外のやつなんかに見せたくなかった…。だから…。ゴメン…。俺だけのものにしたかった。」
「もう、とっくに…」
「え?」
「あたしはもう、恒介だけのものじゃん…」
「菜緒さん…。」
「うそだよ。」
「え…?」
「ほんとは…大好き…。」
「俺も大好き。誰にも渡したくないし、誰にもみせたくない。あんな最高な姿…。俺以外の誰にも。みせたくない。」
「コウ…スケ…」
あたしたちはその夜、家のすぐ前で。閉まったシャッターの前で。
初めて大人みたいなキスをした。
深く深く解け合うような、真夏の太陽よりあついキスをした。
中学三年生の夏休み。
彼は1つ年下だけど。
その日はなんだかすごく大人に見えた。
あたしたちの、太陽よりもあつかったキラキラな夏の夜の思い出。
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