エピソード2~恋のゆくえ②秋の思い出~

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 今年もやって来た、秋の学園祭。  今年も恒例のクラス対抗の合唱コンクールがある。  毎年みんな、これにはちからを入れる。  ただ、歌うだけじゃなく、オペラかミュージカルみたいに仕上げて来るクラスもあれば、教会で聞く讃美歌みたいにハンドベルをもってアカペラで歌うクラスもあったりして、すごく盛り上がるし、すごく凝った演出をしてくる。衣装も手作りで結構完成度が高い。  うちのクラスは寸劇みたいなのをいれたり、お笑いコントみたいなのも入って、演芸ライブみたいで盛り上がった。  今年は、一年生の本格的な合唱が特に目を引いた。  なんと、ピアノの演奏は碧斗君。 あんなにピアノが、うまかったなんて知らなかった。  一人で弾くソロパートは、本当にピアニストみたいだった。  急に場内が静まり返り、一気に場内はその音色に呑みこまれた。引き込まれて誰も咳一つしない。瞬きも忘れて聞き惚れた。  演奏が終わると、暗い観客席の通路をあの、香田組の香田さんがあわててかけ降りて行くのが見えた。  あたしも碧斗君に声をかけたくて、観客席を離れ、ステージ裏の通路に向かった。  少し話せるかな。この感動を今すぐ伝えたい。  すると向こうから紺野君が歩いてきた。  紺野君は碧斗君や恒介君と同じクラスだ。 「あれ?紫村さん」 「あ、紺野君」 「すごかったね!よかったよ」 「だろ?」 「碧斗君のピアノも最高だったね。」 「だよな。あいつあんな才能隠してたし。あれ?恒介に会いに来たの?」 「違うよ。碧斗君に。感動したから、声かけようと思って」 「そっか。人気急上昇だな。あいつ。さっきも誰かが会いに来てた…」 「そっか。じゃあ、また後でいいかな…」 「今日はこのあとみて回ったりすんの?恒介と」 「え?別に約束とかはしてないけど?」  紺野君が聞いてきた。 「あのさ…」 「ん?」 「付き合ってんの?恒介と。」 「うん。まあね。そうなった。夏休みの最後の日に告白された」 「え?夏休みの最後の日?マジかよ。うっわ。やられた」 「え?」 「だってあいつ、俺が告白しよっかなっていったら、もう俺たち付き合ってるなんて嘘こいて。一学期の終わり頃。 くっそー。あいつマジでくそだわ」 「えぇ?」 「なんだよ。」 「なんかごめんね、でもありがとう」 「なんだよ。ごめんてさ。 なんで菜緒さんがあやまんの。 あー。一足遅かった。」 「そうだね」 「けど、どうせバツだったよな?」 「え?」 「俺が先に言ってもさ。 もうあの頃、好きだったろ? 恒介のこと」 「どうかな。」 「絶対そうだったって。」 「えー。そうかなぁ」 「だって好きって気持ち、だだ漏れだったし」 「え、気づかなかった。」 「だよねー。だから先に早く横取りしたかったのにさぁ。」  そういえば紺野君のあの、まやかしの態度に騙されないようにガードしてたのを思い出してた。でも、素直に嬉しいや。  ピラミッドとか、底辺とか、頂点とか、そんなの、実は存在しないんじゃないかって、その時ちょっとだけ思った。 「おい、紺野、なにやってんだよ。お前そんなとこで…」  後ろからいつものように恒介君の声が近づいてきた。 「やべ。キタキタ。やきもちやきが。じゃあね。紫村さん」  またあたしに手を振って笑いながら紺野君が去っていく。  頂点にいたはずの紺野君が少しだけまた近くなった今日この頃。  もう、あたしの中のピラミッドは、崩壊し始めている。 「菜緒さん、一緒に回ろうぜ。二年のお化け屋敷、面白いらしいから行こう…」  恒介君は最近、こうやってみんなの前でも平気で手をつないでくる。  こうやってやきもちを妬いてくれるのが、なんだかくすぐったい。  だから手をつないだだけで、心臓が跳び跳ねて、キュンキュンしてる。  でも、まだ…それだけ。  秋の夜空に浮かぶ朧気なまんまるお月様みたいな、ぼんやりした淡い恋の物語。  ちょっと、じれったい秋の日の思い出。
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