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出会い
一体いつから、そうしていたのか。
気付いた時、彼女は、おそらく地下と思われる薄暗い部屋にいた。
与えられたのは、ローゼという呼び名と、粗末な衣服だけだった。
起きている時間の大半を、彼女は洗い物や何かの雑用に駆り出され、命じられるままに働いた。
少しでも、ぼんやりしていると、監視役に厳しく叱責され、時には棒で叩かれるといった暴力を受けることもあった。
一日が終わり、くたくたになったローゼは、粗末な食事を与えられた後、石造りの床に敷いた薄汚い毛布に包まって眠りに就く……そんな暮らしが、何年も続いていたし、死ぬまで終わらないのだろうと、彼女は思っていた。
外に出ることすら許されず、まして娯楽など望むべくもない生活は、ローゼの心を緩慢に殺していった。
そんなある夜のこと。
ローゼは、地上階から聞こえてくる、大勢の人間の足音で目が覚めた。
起床には、まだ早過ぎる時間だ。
上の階からは、更に、複数の男たちの怒鳴り声が漏れてくる。
何かが、あった――ただ事ではないのだと、彼女も悟った。
だが、指示された行動以外は許されない生活を送っていたローゼは、そこからどうすればいいのか、まるで見当がつかなかった。
恐怖もあったが、誰の許可もなく部屋から出れば、厳しく叱責されるかもしれないという恐れもあって、彼女は動けずにいた。
そうしている間に、二つの足音が彼女の部屋に近付いてきた。
荒々しく部屋の扉を開けて入ってきたのは、二人の男たちだった。
揃いの制服と、腰に帯びた剣から、彼らが兵士か、それに似た役割の者たちであると、ローゼにも分かった。
「……奴隷か?」
男の一人が、手にしたランタンで、床に蹲るローゼの顔を照らした。
彼女を見つめる男たちが、ごくりと生唾を飲む。
「薄汚れちゃいるが、上玉じゃないか」
「黒髪は珍しいな。異国から買ってきたのかもしれないな」
二人は顔を見合わせると、ランタンを床に置いて、ローゼに近付いた。
あっという間に、彼女は床に押し倒された。
男たちの意図が分からずに起き上がろうとするローゼだったが、二人に手足を押さえつけられ、身動きすらできなくなった。
男の一人が、舌なめずりしながら、彼女の粗末な衣服を襟元から引き裂いた。
こぼれ落ちる豊かな双丘に、男たちの目が釘付けになる。
「ど、どうして……」
かすれた声で、ローゼは呟いた。こんなことをされるほど、自分が何か悪いことでもしたのだろうか――いくら考えても、彼女には理解できなかった。
「心配するな、気持ちいいことしてやろう」
男は下卑た声で言うと、その節くれ立った手で、ローゼの果実のような胸の膨らみを鷲掴みにし、力任せに捏ね回した。
「い、痛い……ッ!」
彼女は思わず悲鳴をあげ、本能的に身を捩った。
「騒ぐんじゃねぇ!」
思わぬ抵抗に苛立ったのか、男がローゼの頬を平手打ちした。
理不尽な痛みに、彼女は涙ぐんだ。
「見ろ、こいつ、下着を着けてないぜ」
「用意がいいじゃないか」
男たちに力づくで脚を開かされ、ローゼの秘所が露わになる。
彼らの意図は分からないものの、恐怖と羞恥心に満たされたローゼは、もはや何も考えることができなかった。
――いっそ、死んでしまえば、何もかも終わるのだろうか……
息を荒くした男が腰の帯革に付いた金具を外す音を聞きながら、ローゼは、ぼんやりと思った。
その時。
再び、部屋の扉が開く音がした。
慌てて振り向く二人の男の間から覗く、第三の人物の姿を、ローゼも認めた。
そこに立っていたのは、男たちの制服よりも煌びやかな意匠の衣服に、赤い袖なし外套を羽織った長身の若い男だった。
「ユリアン様……?! こんなところまで御足労いただかなくても……」
男たちは、そそくさとローゼから離れ、震える声で呟いた。
「何をしている?」
ユリアンと呼ばれた長身の男が口を開いた。
よく見れば、整った容貌と、緩く波打った銀色の髪に菫色の瞳が目を引く美丈夫だ。
これまでに見てきた人間たちとは全く違う……ローゼは、無意識のうちにユリアンに見とれていた。
男たちの態度から見ると、ユリアンは彼らよりも身分が高いのだと思われた。
「こ、この奴隷が隠れていたので、じ、尋問をですね……」
「それは、貴様らの仕事ではないだろう」
男たちの言い訳を、ユリアンが冷たく遮った。
「それと、我が国の奴隷制度は五年前に撤廃されている。従って、元は奴隷だった者も、現在は我が国の国民としての権利を認められている。貴様らが彼女に暴行を加えたというのであれば、それは無辜の市民に対する犯罪行為になるが、理解しているのだろうな?」
淡々とした、だが刃のような鋭さを孕んだ彼の言葉に、男たちの顏からは血の気が失せている。
「彼女からは、俺が話を聞く。貴様らは持ち場に戻れ。処分は、追って伝える」
ユリアンが言うと、男たちは、あたふたと部屋から出て行った。
二人の男たちが去ったのを見て、ユリアンは、蹲ったままのローゼの方に向き直った。
ローゼは、自分が殆ど全裸であることを思い出し、慌てて胸元と秘所を手で覆った。
「……未遂、というところか」
屈み込んでローゼの顔を覗き込んだユリアンは、そう言うと、自身が羽織っていた袖なし外套を脱いで、彼女の身体を包んだ。
ユリアンは、ローゼに幾つかの質問をしたが、彼女にとっては知らないことばかりだった。
彼の話から推測すれば、この屋敷の主が何か悪事を働いた為に、ユリアンたちは捜査に来たらしい。しかし、主の名さえ知らなかったローゼに分かることなど、何ひとつなかった。
「奴隷制度が撤廃されている以上、お前に報酬も与えず労働させ、剰え監禁、虐待していた罪も、『奴』に加算しなければならんな」
無表情に言って、ユリアンはローゼを軽々と抱き上げた。
突然のことに、ローゼは身を竦ませた。
彼女の中に、こんな風に他人に触れられた記憶はなかった。
「身元不明で行くところもないのなら、お前を保護する必要がある」
ユリアンの、どこか冷たさを感じる物言いは、ローゼにとっては少し怖いと感じられた。
しかし、その広い胸の暖かさは、安心をもたらすものに思えた。
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