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取引先へ行く途中。
私は外の暑さに負けて少しだけ喫茶店によることにした。
冷たいアイスコーヒーで体を冷やしてからでも、十分に間に合う時間だ。
窓に近い席へ案内された私は、カバンを向かいの席へ置き、窓の外を眺めながらアイスコーヒーが運ばれてくるのを待っていた。
交差点の近くにあるからか、窓から外を眺めたときに見える人の数は多かった。
この辺りはいわゆるオフィス街で、歩いているほとんどの人間は私と同じスーツに身を包んでいた。
誰もが重たげな足取りで、時折恨めしそうに青い空を見上げている。
運送業者の制服を着た人が重たげな二台のついた自転車を漕いでいる姿もあった。
ああいう業種だと、暑さから逃れるべく喫茶店へ、というようなこともできないだろう。
そう考えると、スーツ姿であることに少しだけ感謝を言いたくもなろうと言うものだ。
運ばれてきたアイスコーヒーにストローを差し込む。
一気に吸い上げて飲み込むと、冷たさが喉を駆け抜け、胃に広がっていく感覚が心地よかった。
「これが幸せというやつだな」
そんな事を呟きながらもう一度窓の外に目を向ける。
暑さに苦しむ人々へのささやかな勝利宣言のつもりだった。
だが、私の目が引き付けられたのは、スーツ姿で汗水たらす人々ではなかった。
その中に一人、異質な老人を発見してしまったからだ。
深いしわの刻まれた痩せこけた顔をしたその人物は、寝巻のようなダボっとした衣服を身にまとい、足元は裸足だった。ぼさぼさの白髪の向こうに、やたらとぎょろついた目があり、それがじっとこちらを見ているのだ。その眼を見た瞬間、僕の背中には冷たい汗がドバっと流れ出した。魅入られたようにそこから目を離すことができなくなった私にむかって、枯れ枝のような指のくっついた手をゆっくりと差し出し、その人物はパクパクと何か口を動かしている。
何が言いたいのか全く分からないが、何かを伝えたがっている。
それが何なのか、もう一度注意深く彼の口元を見ようとしたその時、轟音と揺れ、そして衝撃が私に襲い掛かってきた。
目を開ける。いつもと変わらぬ天井。
どうやら夢を見ていたらしい。
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